仁粋大妃(インステビ)は、朝鮮王朝史の中でも最も鮮烈な影を残した女性である。その存在は現代の韓国時代劇でも幾度となく描かれてきた。
【関連】『暴君のシェフ』のモチーフとなった王はどんな人物なのか現在、Netflixで配信中の『暴君のシェフ』に登場するインジュ大王大妃はかつて息子の嫁であった王妃を死罪にさせた過去を持っている。その辺りが仁粋大妃とよく似ており、インジュ大王大妃を仁粋大妃をモデルにしている思える。
他にも、『王と妃』でチェ・シラ、『王と私』でチョン・インファ、『インス大妃』でチェ・シラ(若き日をハム・ウンジョン)、『逆賊-民の英雄ホン・ギルドン-』でムン・スクが扮していた。
仁粋大妃は、朝鮮王朝第9代王・成宗の正室であった尹氏を徹底的に嫌悪し、王妃でありながら孤立へと追い込んだ。夫の愛を失った尹氏は心を病み、やがて巫術に傾倒して側室を呪うという禁忌の道へと足を踏み入れる。錯乱の果て、成宗の顔に傷を負わせるという重大な過ちを犯し、「王の尊厳を汚した」と断罪されて廃妃として宮廷を追放された。
一時は復権の望みもあったが、仁粋大妃は「尹氏は反省していない」と吹聴し続け、成宗の心を完全に遠ざけた。その結果、1482年、尹氏は毒を賜って命を絶たれた。このとき彼女の息子はわずか6歳であり、後に暴君として名を馳せる燕山君であった。
やがて成長した燕山君は母の悲劇を知り、怒りと悲哀に駆られて1504年の「甲子士禍」を起こす。そこでは母の死に関与した者たちが次々と処刑され、宮廷は血に染まり、王朝は深い混乱へと沈んだ。
そのとき、仁粋大妃はすでに67歳で健在であった。彼女は孫である燕山君の暴走を苦々しく思い、諫めようとした。しかし逆に暴力を振るわれて病床に伏すこととなり、かつて王朝を掌握した威勢の象徴は、孫の狂気の前で無力に沈んでいった。
仁粋大妃は単なる歴史的人物にとどまらず、韓国時代劇の中で繰り返し象徴的に描かれる存在である。彼女の冷徹な意志と策略は尹氏を葬り去り、その余波はやがて燕山君という暴君を生み出した。
母として、政治の操り手として、そして映像作品のモチーフとして、彼女は光と影を併せ持つ劇的な存在であり続け、老境に至ってもなお孫の狂気に翻弄されるという皮肉な運命を歩んだのである。
【仁粋大妃(インステビ)の人物データ】
生没年
1437年~1504年
主な登場作品()内は演じている俳優
『王と妃』(チェ・シラ)
『王と私』(チョン・インファ)
『インス大妃』(チェ・シラ〔若き日はハム・ウンジョン〕)
『逆賊-民の英雄ホン・ギルドン-』(ムン・スク)
文=大地 康
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