9世紀、荒々しい東アジアの波濤を制した男がいた。その名は張保皐(チャン・ボゴ/?~846年)である。
彼の姿は2004年から2005年にかけて放送され、チェ・スジョン主演で大ヒットした時代劇『海神-HESHIN-』によって鮮烈に描き出された。だが、その華やかな映像の背後には、実際の歴史に生きた男の壮絶で輝かしい生涯が横たわっているのである。
張保皐の生年は未詳であるが、8世紀末から9世紀初頭の新羅に生まれたことだけは確かである。『三国史記』には「父祖や出身地は不明」とのみ記され、彼の出自は深い霧に包まれている。
しかし伝承によれば、貧しい船頭の家に生まれ、幼名を「弓福(クンボク)」と呼ばれたという。幼い頃から烈々たる野心を抱き、狭苦しい新羅の現実に見切りをつけた彼は、より広大な世界を夢見て唐へ渡ることを決意した。
その渡航手段は謎に包まれている。船乗りとして雑務をこなしたとも、あるいは商船に忍び込んだとも伝えられる。
しかし、いずれの道を選んだにせよ、彼の中に燃えさかる才覚と胆力は揺るがなかった。異国の地で血の滲むような努力を積み重ね、やがて唐の将軍にまで昇りつめるという、驚くべき栄達を遂げたのである。
だが、その栄光の中で彼の胸を突き刺したのは、痛ましい現実であった。朝鮮半島沿岸を荒らす海賊によって、新羅の民が捕らえられ、遠い異郷で奴隷として売り払われていたのである。故郷の人々の嘆きと涙を知った張保皐は、心の奥底から燃え立つ義憤に駆られ、祖国へ戻って行動を起こす決意を固めた。
彼は唐で築き上げた軍功を武器に、新羅42代・興徳王に謁見する。そして力強く訴えた。「海賊を討ち、清海に鎮を築き、民を守るべし」と。清海とは現在の韓国・莞島に位置し、当時、新羅と唐を結ぶ生命線とも言える航路の要衝であった。興徳王はこの提案を高く評価し、張保皐に1万人もの兵を託すという破格の信任を示した。
清海鎮を築いた張保皐は、昼夜を問わず海上を守り続けた。黒煙を上げて襲いかかる海賊を討ち払い、捕らえられ奴隷とされる民を救い出した。その勇猛果敢な働きによって沿岸は安堵を取り戻し、清海の名は恐れと尊敬をもって広まったのである。
やがて彼は軍事だけに留まらず、経済の覇者としても雄飛する。清海鎮を拠点に唐や日本との貿易を拡大し、東アジアを縦横無尽に結ぶ交易網を築き上げた。その規模は新羅の一国家を凌駕し、彼は名実ともに“海上の王”と呼ばれる存在となった。
張保皐の物語は、一介の庶民が苦難を超えて立ち上がり、勇気と知恵によって歴史を動かした壮麗な叙事詩である。彼の生涯は荒波に挑み続けた勇者の象徴であり、今なお時代を超えて燦然と輝き続けているのである。
【張保皐の人物データ】
?~846年年
主な登場作品()内は演じている女優
『海神-HESHIN-』(チェ・スジョン)
文=大地 康
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