『べらぼう』で描かれた江戸の打ちこわし。「米の恨み」は朝鮮半島でも恐ろしく…

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NHKの大河ドラマ『べらぼう』では、8月24日放送の第32回で長屋の住民たちが打ちこわしを準備していた。そのことを知った主人公の蔦屋重三郎(演者は横浜流星)が非常に戸惑う様子も描かれた。

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結局は打ちこわしが起こってしまうのだが、蔦屋重三郎は「江戸っ子らしくカラッとしていて、決して血なまぐさいものにならないように」ということを願っていた。

実際に打ちこわしが江戸で起こったのは1787年(天明7年)5月20日だった。深川の長屋に住む提灯職人の彦四郎たち8人は、裕福な米屋に押し掛けて米を要求した。しかし、拒否されたので家財や建具を打ちこわした。

とはいえ、米をまったく盗まない“礼儀正しい狼藉”であった。他にも、多くの米屋が打ちこわしの被害を受けた。これが世の中を騒がせた“天明の打ちこわし”である。

江戸だけではなく全国に打ちこわしが波及したが、血なまぐさい騒動にはならず、多くの逮捕者は赦免されている。遠島になった者はいたが、死罪にされた者はいなかった。『べらぼう』で蔦屋重三郎が願ったような“江戸っ子らしい打ちこわし”に終始したのだ。

昌徳宮
朝鮮王朝で1811年に反乱が起こったときの王宮は昌徳宮であり正門は敦化門だった

米の恨みは恐ろしい

このように、1787年に日本で起こった打ちこわしは悲惨な状況にならなかったが、朝鮮半島ではそうではなかった。「天明の打ちこわし」から24年後の1811年の12月に、大規模な反乱が起こってしまったのである。当時は朝鮮半島がまれにみる大凶作となり、庶民は餓えに苦しんだ。それでも重税を課されたことで多くの人が決起した。

首謀者は洪景来(ホン・ギョンネ)。彼に率いられた反乱軍は、城や役所を襲った。政府軍が反撃して4カ月以上も内乱状態になったが、1812年4月に政府軍の一斉攻撃によって反乱軍は鎮圧され、首謀者はことごとく殺害された。“礼儀正しい狼藉”どころか“極端に血なまぐさい打ちこわし”になってしまった。

いずれにしても、日本列島でも朝鮮半島でも“米の恨み”は恐ろしかった。日本の場合は、死罪がいなかったことがわずかな救いだった。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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