傑作時代劇『トンイ』でチ・ジニが演じている19代王・粛宗(スクチョン)。彼は生涯で4回結婚している。二番目の妻は仁顕(イニョン)王后であり、三番目は張禧嬪(チャン・ヒビン)、四番目が仁元(イヌォン)王后となっている。それでは、粛宗の最初の妻は誰であったのか。
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それは仁敬(インギョン)王后である。彼女は、粛宗と同じ1661年に生まれた。わずか9歳にして世子嬪(セジャビン)に選ばれ、1674年に粛宗が王位に就くとともに王妃となった。華やかな立場になった彼女は、まだ10代の若さで2人の王女を産んだが、いずれも幼くして命を散らし、その運命は切ないものであった。
さらに、不幸は続いた。1680年10月、仁敬王后自身も天然痘に侵された疑いが立ち込めた。病が国王に及んではならぬと、侍医たちは昼夜を分かたず細心の注意を払った。
けれど、天は冷酷であり、若き王妃はついに帰らぬ人となった。享年19歳。その人生はあまりにも短く、春の花が咲いてすぐに散るような無常さであった。
その死は粛宗に深い悲しみをもたらしたが、国王が独り身でいることは許されなかった。仁敬王后の死からわずか1年後、粛宗は新たに仁顕王后と結婚した。
このとき、仁顕王后は14歳であった。粛宗より6歳下で、まだ幼さが残る女性だった。父親は高官の閔維重(ミン・ユジュン)。彼は西人(ソイン)派の重鎮で、宮廷でも影響力を持っていた。
当時、朝廷は西人(ソイン)派と南人(ナミン)派が激しく主導権争いをしており、西人派のほうが優勢だった。そういう力関係があったので、西人派は粛宗の妻として仁顕王后を迎えることができたのである。
仁顕王后はとても性格が良くて、従っている女官の間で評判がすこぶる良かった。歴史的にも「聖女のような女性だった」という評価が生まれるほどの人であった。しかし、子供を産むことができなかった。もしも仁顕王后が王子を産むことがあったならば、朝鮮王朝の歴史も大きく変わっていただろう。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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