時代劇『トンイ』では、張禧嬪(チャン・ヒビン/演者イ・ソヨン)の哀切な最期が描かれている。それは第55話だった。死罪を言い渡された張禧嬪は、トンイ(演者ハン・ヒョジュ)の姿を見つけるや否や駆け寄り、「これから世子を守ってくれるのはあなたしかいない」と涙ながらに訴えた。
【関連】歴史上のトンイの晩年とは? ドラマと異なる「粛宗とのその後」かつては激しく憎み合った相手に、最期の願いを託す場面は、張禧嬪という女性の矛盾と深い母性愛を象徴していた。とにかく、なりふりかまっていられなかったのだ。それでは、史実の張禧嬪はどのような最期を迎えたのだろうか。果たして、彼女は何をしたのか。
野史(民間に伝承されている歴史)によると、張禧嬪は死の直前に「どうか息子に一目会わせてください」と粛宗(スクチョン)に懇願したという。
厳しさを持った王と言われた粛宗は首を横に振った。ただし、張禧嬪の涙があまりにも切実であった。彼女は何度も懇願し、ついに粛宗は情にほだされ、世子との面会を許した。
その再会は、母と子の運命を決定づけるものとなった。張禧嬪は涙ながらに世子を見つめた後、抱きしめるかと思いきや、突然、世子の下焦(ハチョ/膀胱の上のあたり)を強く握りしめて離さなかった。
本当に奇怪な行動だった。まだ13歳だった世子は、あまりの衝撃に意識を失ってしまった。そればかりではない。その後も後遺症が残ったと伝えられている。成長してからも世子には子がなく、王位を継いだとはいえ子孫に血を残せなかった。
張禧嬪の不思議な行動の理由については、今も歴史家たちの間で議論が絶えない。呪いにも似た母の執念だったのか、それとも絶望の中での錯乱だったのか。
あれほど息子の幸福を望んだ張禧嬪が、結果的に自らの手で息子の未来を断ってしまったのだとすれば、それはまさに悲劇の極みであった。
張禧嬪の生涯は、愛と欲望が交錯する炎のような日々だった。最後の一瞬まで、張禧嬪は母であり、女であり、そして権力にとりつかれた女性であったといえる。
文=大地 康
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