大祚栄(テ・ジョヨン)といえば、時代劇『大祚栄』でチェ・スジョンが演じていた人物だ。英雄として功績を残した彼はどんな人生を歩んだのだろうか。
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668年、朝鮮半島の北方に広大な領域を有していた高句麗(コグリョ)は、唐と新羅の連合軍による苛烈な攻勢の末に、ついに滅亡の憂き目を見た。
この出来事は一国の崩壊という枠をはるかに超え、数えきれぬ人々の命運を深く、鋭く揺るがせるものとなった。
祖国を喪った民の歩んだ道は、まさに万華鏡のように多様であった。強制的に捕らえられ唐の地へと連れ去られた者、新たな生を求めて見知らぬ大地をさまよう者、そして失われた大地への痛切な想いを胸に抱き、旧領にとどまり抵抗の烽火を掲げる者もいた。
しかし、唐王朝はこの粘り強く消えることのない抵抗に苦悩し、ついには高句麗の遺民たちを意図的に分断すべく、各地へと強制移住させるという冷酷な策を講じる。
故郷の山河を離れ、望まずして放浪者となった彼らの胸には、なおも消えぬ祖国の面影が鮮やかに息づいていた。その群れの中に、のちに歴史の扉を開く大祚栄の姿があった。
彼は、運命に従い流されるだけの生を拒み、同じく彷徨する者たちを糾合して、やがて唐の圧政に真っ向から立ち向かう。暴風のように迫る唐の大軍を堂々と退けると、東牟山(トンモサン)の地に堅固な城を築き、震(チン)と号する国を打ち立て、自ら高王(コワン)を名乗った。“高”という姓に込めたのは、高句麗王族の正統な血脈を継ぐ者としての、揺るぎなき誇りであった。
周辺に点在する異民族とも巧みに手を結びながら、国家としての基盤を一歩一歩固めていった彼の姿は、やがて新羅すら無視できぬほどの存在感を放つに至る。まさに失われた希望を灯す新たな光であった。
彼の誕生には、不思議な神秘が語り継がれている。母が懐妊中に北斗七星が燦然と輝く夢を見たとされ、誕生の瞬間、部屋はまばゆい光で満たされたという。民の間ではこれを王となる運命の証として敬われ、畏怖と期待を込めてその名を囁いた。
705年、唐は国内の混乱を背景に、ついに大祚栄との和解を申し出る。彼はこれを静かに受け入れ、713年、唐は正式に彼を「渤海郡の王」として認めた。この出来事を契機として、国号は渤海(パレ)と改められ、新たなる歴史の幕が、荘厳にして確かに開かれたのである。
その後、719年、大祚栄はその生涯を静かに閉じた。最期に遺した言葉は「高句麗の魂を決して忘れるな」であった。この遺志は息子の武王(ムワン)に引き継がれ、渤海は文化と交易を通じて絢爛たる繁栄を遂げ、海東の盛国と称されるまでに至る。
やがて渤海も926年には歴史の幕を下ろすことになるが、大祚栄が遺した魂の独立は、永遠に消えぬ記憶として人々の心に深く刻まれた。彼は、滅びた祖国の廃墟から立ち上がり、ふたたび旗を掲げた不屈の英雄であった。風雪に晒されても折れぬ志、その生涯は、まさに歴史の荒野に咲いた一輪の炎のごとき存在であった。
【大祚栄(テ・ジョヨン)の人物データ】
生没年
?年~719年
主な登場作品()内は演じている俳優
『大祚栄』(チェ・スジョン)
文=大地 康
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