何事も「パルリ(はやく)、パルリ」と、先を急ぎ、絶えず変化を続ける韓国にあって、この街には、ゆったりとした落ち着いた時間が流れている。
韓国南西部の古都・全州(チョンジュ)。朝鮮王朝の王族・李氏の根拠地、すなわち本貫(ポングァン)の地である全州は、歴史の奥深さとともに、「食は全州にあり」と言われるほど、美食の街でもある。
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韓国では「金剛山(クムガンサン)も食後の見物」、日本では「花より団子」という言葉があるように、どんなに素晴らしい名所・旧跡を訪ねても、食べる物が美味しくないと、旅の面白さは台無しだ。その点全州は、その両方を満たしているだけに、私の好きな都市の一つだ。
私が初めて全州を訪ねたのは、今から四半世紀ほど前のことだ。大田(テジョン)から高速バスに乗って全州に向かおうとしたが、その時、ちょっとしたトラブルがあった。
大田の高速バスターミナルで乗車券の販売員の女性に、当時はまだ片言の韓国語で「チョンジュ、ハンジャン(全州、1枚)」とガラス越しに言うと、その女性は、「これでいいのか」といった感じで、ガラスに貼ってある文字を叩いた。
ハングルで「チョンジュ」と書いてあったので、深く考えず「ネー(はい)」と言って、料金を支払った。しかし、受け取った乗車券のハングルと、私が持っていた旅行ガイドのハングルは、明らかに違っていた。私が受け取った乗車券は、清州行きのものだった。
全州も清州も大田からそう遠くない、地方中核都市である。日本語ではともに「チョンジュ」だが、英文にすれば、全州は「Jeonju」であり、清州は「Cheongju」と異なる。
間違いに気付いた私は、旅行ガイドを見せながら、片言の韓国語で説明したら、販売員も理解したようで乗車券を交換し、料金の差額を返却してくれて、事なきを得た。
韓国語の発音に自信がない人は、旅行ガイドや紙に書いたメモなどを見せるか、英語式の発音で乗車券を買った方が、無難かもしれない。
全州にも鉄道の駅はあるが、本数が少ないため、高速バスで行った方が便利だ。高速バスに乗るとソウルからだと約3時間、大田からだと約1時間半で全州に着く。
田園地帯の中を通り抜けると、片側5車線の広い道路をまたぐようして韓国の伝統的な建築様式の門が立つ。その門には、丹青と呼ばれる色鮮やかな装飾がされ、「湖南(ホナム)第一門」と書かれている。バスがその門をくぐると、全州だ。
進行方向の右手には、四隅に船のマストのような大きな支柱の立つスタジアムが見える。日本と韓国の共同で開催された2002年のサッカー・ワールドカップの試合会場だ。
大きな門から全州のバスターミナルまでは、20分近く一般道を走らなければならない。バスターミナルから市の中心部までは、タクシーで10分近くかかる。
文・写真=大島 裕史
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