2009年2月、成均館(ソンギュングァン)大学・東アジア学術院によって公表された書状が韓国で大いに注目された。
それは何かというと、イ・サンとしてよく知られる正祖(チョンジョ)が高官の沈煥之(シム・ファンジ)に送った手紙だったのである。その数は、299通もあった。それが最近になって発見されたのだ。
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まさに、歴史的な大発見だと言ってもいい。
書状の日付を見てみると、1796年8月20日から1800年6月15日までとなっていた。つまり、200年以上の時を経て正祖の書状が現在に甦ったのだ。
それでは、どんなことが書いてあったのか。
いろいろな内容が含まれていたが、正祖は自分の持病のことを書いていたり、高官たちのことを辛辣に批判していたりした。
部下の沈煥之のことを信頼していたからこそ、正祖は好きなことを思う存分に書いていたのだろう。
さらに、面白い記述がある。それは、沈煥之に対して正祖の政策に反する発言を行なうように命令していたのだ。実は、2人はあらかじめ口裏を合わせておいて、そして、あえて葛藤を演出していたようだ。
なぜ、そんなことをする必要があったのか。
今となってはわからないが、正祖は部下の心中を察するために、あえていろいろな議論を持ち出そうとしたのかもしれない。
さらに、不思議なことがある。
正祖は沈煥之に対して、書状を読んだら破棄するように命じていた。しかし、沈煥之は書状をなぜか処分しなかった。だからこそ、書状は現代に発見されるようになったのだが、沈煥之は歴史の証言を捨てるのが惜しくて、あえて破棄しなかったのかもしれない。
それは十分に考えられることだ。
沈煥之は、正祖の死後に大出世している。それは、正祖の政治哲学を否定する場合もあったのだが、彼はそれが正祖以後の王朝統治に必要だと判断したのに違いない。そういう意味では、沈煥之という高官は相当にしたたかだったと言える。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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