朝鮮王朝の歴史は、初代王・太祖(テジョ)から16代王・仁祖(インジョ)までを前期、それ以降を後期と分けられるが、前期と後期では王が抱える側室の数がまるで違った。
果たして、正室と側室の合計数が一番多かったのは27人の中でどの王なのだろうか。
朝鮮王朝の前期は、王族の男子が多いほうが後継者が不足しなくていい、という考え方のもとで、王はやたらと側室を抱えて子供を増やした。
一番子供が多かったのは3代王の太宗(テジョン)で、正室から8人、側室から21人の子供が生まれている。
二番目に子供が多かったのは9代王の成宗(ソンジョン)で、正室から3人、側室から25人も生まれている。
このように、正室と側室の合計数で上位にいるのは、のきなみ前期の時代の国王であった。
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前期には平均しても王は10人前後の側室を抱えたというから、側室の各部屋を一つひとつまわるだけでも大変な日数がかかっていた。
しかし、朝鮮王朝も後期になると事情がガラリと変わる。
儒教の礼儀にやたらとうるさくなった関係で、「王といえども側室をたくさん抱えるのはいかがなものか」という風潮になってきたのだ。
その結果、側室の数が激減した。
普通は3人くらい、多くても5人程度になった。
それでは、正室と側室の合計人数が多かった国王を見てみよう。
〔正室+側室が多かった王〕
順位 王名 人数 正室と側室の数
1位 11代王・中宗 12人 正室3人+側室9人
1位 9代王・成宗 12人 正室3人+側室9人
1位 3代王・太宗 12人 正室1人+側室11人
4位 2代王・定宗 10人 正室1人+側室9人
5位 19代王・粛宗 9人 正室4人+側室5人
(※側室の数は「推定」の場合があります)
ランキングで5位に入った19代王・粛宗の側室は5人だが、これは後期の王としては多いほうである。
この側室の中には現在、韓流プレミアで放送されている時代劇『トンイ』に出てきた張禧嬪(チャン・ヒビン)やトンイこと淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)が入っている。2人とも大変な美人だったと言われている。粛宗は政治的に有能な王であったが、女性問題では度々トラブルを起こしていた。
粛宗の時代に存在した正室や側室は、さぞかし不幸な目にあったのではないだろうか。
構成=大地 康
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