テレビ東京で放送中の『暗行御史<アメンオサ>~朝鮮秘密捜査団~』。主役のキム・ミョンスが演じるソン・イギョムは王宮の役人だったが、賭博におぼれて獄につながれた。そして、釈放される条件として暗行御使になった。
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この暗行御史は、朝鮮王朝時代に地方役人の不正を摘発した捜査官であり、国王が派遣した特使でもあった。
『暗行御史<アメンオサ>~朝鮮秘密捜査団~』ではソン・イギョムが地方の悪徳役人を懲らしめる主人公になっていたが、実際の歴史では暗行御使がどういう存在だったのだろうか。実は、ひときわ鮮烈な光を放った人物がいた。それが朴文秀(パク・ムンス/1691~1756年)である。
彼はもともと、歴史を編む優れた官吏であった。まじめに努力を積み重ねて昇進していったが、33歳のとき、権力闘争という嵐に巻き込まれて職を追われる。しかしその志は折れず、3年後に復職。以後は暗行御史として、各地を巡りながら不正の芽を摘み続けた。本当に、キム・ミョンスが演じたソン・イギョムのようなヒーローだった。
ある日、彼が慶尚道(キョンサンド)を巡っていたときのこと。海岸に打ち寄せた数えきれぬほどの漂着物を見て、朴文秀はすぐに悟った。「これは北の地で大洪水が起きた証だ」と。彼の胸には、まだ見ぬ人々の苦しみが、波のように押し寄せた。
すぐさま役所に掛け合い、備蓄穀物を北へ運ぼうとするが、反対の声があがった。「勝手な行動は罰を受ける」と脅されたのだ。しかし彼は怯まず言い放つ。「餓死者が出てからでは遅い。責任は俺が負う」と。
こうして穀物を満載した船は、北へと旅立った。その頃、朝鮮半島北部では水害による飢饉が広がり、住民は飢えに苦しんでいた。地方の知事も「穀物が届くまでに1か月はかかるだろう」と肩を落としていた。
しかし、予想に反して、数日後には港に穀物船が次々と到着した。「これは夢か、それとも奇跡か」と誰もが息を呑んだ。そして、風のように船から降り立ったのが朴文秀であった。こうして被災した人々は救われた。その感謝を込めて、朴文秀のために石碑が建てられた。その碑は、後の世まで丁重に守られ続けたという。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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