韓国時代劇では、女官がたくさん出てくるが、彼女たちの生活ぶりは細かく描かれることはほとんどなかった。せいぜい、『宮廷女官 チャングムの誓い』で日常の女官の生活がチャングムを中心に登場したくらいか。
そういう意味では、女官の人生は時代劇の視聴者にわかりづらいところだろう。そこで、彼女たちの一生を見てみよう。
女官は、5歳くらいで見習いとして宮中に来ることが多かった。とはいえ、誰でも見習いになれるというわけではなかった。
先祖に罪人がいたり、病弱であったり、身分が低すぎたり、そういう女の子は、見習いになることはできなかった。
なんといっても、女官は国王に気に入られて側室になる場合もあった。選ばれるには条件があったのだ。
無事に見習いになると、所属部署に配置されて、徹底的な徒弟制度で躾と教育を受けた。その間に、からだが弱すぎると王宮から出されてしまうので、うっかり病気もできない有様だった。
まだ見習いのうちは、尚宮(サングン)の下で仲間と共同生活を行なう。イジメもたくさんあるので、必死に耐えなければならない。それだけ、強い精神力がないと、見習いの生活を続けることはできなかった。
無事に過ごして厳しい生活にも慣れると、18歳ごろに認められて内人(ネイン)となる。これで見習いを終えて、一応は一人前となる。こうなると、尚宮から独立して数人で一部屋を使った。このときは、女官同士で同性愛に陥ることもあったという。
こうした生活の中で無事に女官を務めあげれば、30代になって女官の最高品階である尚宮に昇格することができた。それまで、見習いから始めて30年近い歳月が流れている。その間、健康を維持して、一生懸命に働き、トラブルを絶対に起こしてはならなかった。そう考えれば、女官の幸せとは何かということを考えざるをえない。
結局、王族に仕えることを天職だと思わないと、女官を続けることはできなかっただろう。まさに彼女たちこそが「王宮の誇り」であった。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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