少女たちのヒリヒリとする人間関係を等身大に捉えた名作『わたしたち』。ユン・ガウン監督初の長編映画

2025年09月06日 コラム #映画 #水落さくら
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ヒリヒリとした傷を伴う、子どもたちの人間関係を、等身大に捉えた名作がある。

2017年に日本で公開された韓国映画『わたしたち』がそれだ。同作は『オアシス』などの名作を手掛けたイ・チャンドン監督が見出した新鋭ユン・ガウン監督初の長編作にして、第37回青龍(チョンリョン)映画賞新人監督賞、第17回東京フィルメックス観客賞などを受賞するなど、映画ファンの間では国を問わず高い評価を得た。

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舞台はどこにでもありそう な日常。学校でいつもひとりぼっちだった10歳のソン(演者チェ・スイン)が、終業式の後に誰もいない教室の前で転校生ジア(演者ソル・へイン)と出会い、ひと夏をともに過ごす。しかし、新学期になるとジアはソンにそっけない態度を見せ、2人の関係に変化が生まれる。

©2015 CJ E&M CORPORATION and ATO Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED

主人公ソンの心の機微がカギとなる『わたしたち』。そんなソンを演じた女優チェ・スインの名演は、注目に値する。ソンの細かな視線、表情、息遣いの1つ1つが、言葉として現れることのない彼女の感情を自然に映し出す。

なかでも圧巻なのが、新学期が始まる直前に自分を仲間外れにしていたボラ(演者イ・ソヨン)が、実はジアの友達であったことに気づく瞬間だ。クロースアップで捉えられたソンの表情は、フレームの外にはぐれてしまった弟の明るい声とは対照的に、一気に落ち込み曇る。そしてショットが切り替わると、弟を見つけたジアの友人がボラだと判明する。

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クロースアップによって効果的に映し出されたソンの呆然としていながらも不安げな表情が、ジアとの関係の変化を予感させる。チェ・スインの演技が切なさを誘う印象的なシーンでもあった。

演技のほかにも、いくつかのモチーフが物語を紐解く重要な要素となっている。ソンの手作りのブレスレットやソンの父親の酒瓶などが挙げられるが、ここで特筆したいのは爪の色だ。

今作でソンとジアはホウセンカの花を潰した汁で爪を染める。ソンはその間ボラに借りた水色のネイルポリッシュを上塗りなどもするが、最後に唯一、そしてわずかに残るのは、伸びきった1本の指の爪のホウセンカ色であった。

互いを傷つけあった後も関係を修復できる可能性を、象徴的に示していたホウセンカ色の爪。最後の場面でソンがジアと視線を合わせる前の“一押し”となった爪。完全に消えていない友情の証に、救われた気持ちになったのは私だけではあるまい。

また、この映画の特色としては、公立の小学校に通う生徒たちを扱った物語に、経済的格差が見え隠れしていることも見逃せない。家庭環境が多種多様な生徒が集まる公立小学校の生徒だからこそ、持つ者と持たざる者の差が一層顕著になる現実が、作品の随所で垣間見える 。

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ソンとジアの関係の溝が深まる原因となるのも、格差である。ジアの裕福さは、彼女の祖母の家の全貌が明らかになる場面からすでにわかる。ここから始まり、ほかの場面でも次々とソンの状況との格差が露わになるにつれ、2人の間に距離が生まれてしまう。

幼くして、自分の力だけではどうすることもできない、やるせなさを感じさせてしまう社会の残酷さを突きつけられる。

長編デビュー作とは思えないほど完成度の高い作品を作り上げたユン・ガウン監督。来る10月には新作『世界のジュイン』(原題)が韓国で公開予定でもあるだけに、今一度、『わたしたち』に再び焦点が当たりそうだ 。

文=水落さくら

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