テレビ東京の韓流プレミアで放送中の『赤い袖先』。9月4日の第4話では、イ・セヨンが演じるソン・ドギムが、イ・ジュノの扮するイ・サンから反省文を何度も書き直すように命令されて憤慨する様子が描かれていた。
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ソン・ドギムは歴史的に宜嬪・成氏(ウィビン・ソンシ)と呼ばれたイ・サンの側室であるが、10代の頃はとても活発で自立心が強い女性だったようだ。そんなソン・ドギムが王宮に初めて入ってきたのは1762年で9歳のときだった。
史実によると、ソン・ドギムの父親は、洪鳳漢(ホン・ボンハン)の屋敷で働く使用人だったという。この洪鳳漢は、イ・サンの母親・恵慶宮(ヘギョングン)の父親である。そういう縁があり、洪鳳漢の紹介でソン・ドギムは宮女の見習いとなり、王宮の中でも恵慶宮の下で働き、厳しい修業を積んでいったのである。
そうなると、必然的に恵慶宮の長男イ・サンとじかに接するようになる。実際、ソン・ドギムは1歳上のイ・サンとすぐに顔なじみになったようだ。
そんなソン・ドギムの特技は、なんといっても達筆だったことだ。『赤い袖先』でも、ソン・ドギムが達筆で上司の尚宮(サングン)から重宝される様子が描かれているが、それは実際の出来事であった。彼女は学識に優れており、同じく宮女の見習いの中でも一目置かれる存在だったのだ。
記録によると、ソン・ドギムはイ・サンの2人の妹たちと力を合わせて、古典小説として人気を博していた『郭張両門録』の筆写に励んでいたという。『郭張両門録』というのは郭家と張家という二つの名家に起こった出来事を記述した小説なのだが、それを見事に筆写できるほどの才能を持っていたというから、ソン・ドギムは本当に立派な教養人だった。
それにしても、『赤い袖先』でイ・サンがソン・ドギムの反省文に何度も「ダメ出し」をするシーンはどこか可笑しい。この時点でイ・サンが早くもソン・ドギムに強い関心を持ち始めたことが如実に表現されていた。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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