【朝鮮王朝の少子化問題】国王の子供が時代と共にどんどん減ってしまった理由は?

2023年02月16日 歴史 #康熙奉コラム #写真
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朝鮮王朝は1392年に始まって1910年に滅亡した。518年間の歴史を誇ったが、その間に国王は27人いた。平均すると、国王1人の平均在位は約19年間だった。

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そして、国王の子供は何人いただろうか。合計すると、235人と推定されている。この人数を国王の数で割ると8.7人になる。つまり、平均値で見ると国王は1人あたり8.7人の子供を持ったことになる。朝鮮王朝は一夫一婦制だったので国王の正室は1人だけだったが、側室を多く抱えたので子供の数も相応に多かった。

そこで、子供が一番多かった国王を見ると、次のようになる。

〔国王の子供の数〕

1位/3代王・太宗(テジョン)の29人

2位/9代王・成宗(ソンジョン)の28人

3位/14代王・宣祖(ソンジョ)の25人

以上のような結果になったが、子供が多かった国王はすべて朝鮮王朝の前期の人だ。

王宮の玉座に座った国王は27人だが朝鮮王朝の後期には少子化が顕著になった

後期の国王が苦労した後継ぎ問題

さらに、国王の子供の総数を見ると、前期(初代王・太祖から14代王・宣祖まで)と後期(15代王・光海君から27代王・純宗)とでは数字がまるで違う。たとえば、朝鮮王朝の前期までは178人いたのし、後期では全部で57人と激減してしまっていた。

このように、後期になってから国王の子供が少なくなった理由は主に何だったのか。それは、側室が減ったことが大きく影響したと思われる。

確かに、前期には国王が10人くらい側室を持つのが当たり前だったのに、17世紀以降になると様子が変わっていった。実際、儒教の礼論が厳格になり、国王も道徳的な倫理を守ることを求められたのだ。そんな風潮の中で、国王が持つ側室も一気に減り、平均して3人ほどになっていった。それにつれて、王家に誕生する子供の数も減ったのである。

数字で見ると、14代王・宣祖までに国王の側室は125人の子供を産んでいるが、15代王以降は29人になってしまった。

このように、朝鮮王朝の王家は極端な少子化になっていったが、それでも「昔のように側室の数を増やせ」という議論にはならなかった。それゆえ、後期の国王は後継ぎの問題で大いに苦労せざるをえなかった。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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