先日開催されたK-BOOKフェスティバルで来日した、俳優のパク・ジョンミン氏が出演したことでも知られている韓国映画『空と風と星の詩人 ~尹東柱の生涯~』。この映画の主人公でもある尹東柱(ユン・ドンジュ)は、2025年で没後80周年を迎えた。そこで今回は彼について知ることのできる作品や書籍など、さまざまな情報を紹介していきたいと思う。
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韓国で最も愛されている詩人の一人。『序詩』『星を数える夜』などに代表される彼の作品は、日本の植民地支配下という過酷な現実の中でも、良心と希望を失わずに生きようとする精神を静かに、強く表現している。
1917年、現在の中国吉林省にあたる「北間島(ブッカンド)」と呼ばれる朝鮮と中国の国境地帯で生まれた。この地域は中国・ソ連(現在のロシア)・日本の利害が渦巻いていた地域でもあり、当時は抗日運動の拠点にもなっていたといわれている。その後、彼は平壌の中学を経て延禧専門学校(現・延世大学)で文学を学んだ。
1942年に日本へ留学し、立教大学、のちに同志社大学英文科に在籍するが、独立運動に関わった疑いで逮捕され、治安維持法違反により懲役2年の刑を受け福岡刑務所に収監される。そして1945年2月、27歳の若さ刑務所内で獄死した。日本語使用が強制されていた時代に、朝鮮語抹殺政策に立ち向かい、最後まで朝鮮語で詩を詠み続けた。彼の誠実な詩は没後も韓国で読み継がれ、国境を越えて人々の心に歴史の痛みと平和への願いを呼び起こし続けている。
監督:イ・ジュニク(代表作:『王の男』『ソウォン 願い』など)
主演:カン・ハヌル(代表作:『椿の花咲く頃』『麗<レイ>~花萌ゆる8人の皇子たち~』『未生』など)
尹東柱の生涯を、美しい詩と全編モノクロ映像で描いた映画作品。日本統治下の朝鮮を生きた若き詩人の苦悩と希望を静かに映し出している。1917年、北間島で同じ家に生まれ育ったいとこ同士の尹東柱と宋夢奎は共に文学への夢を抱き、ソウルの延禧専門学校へ進学。仲間たちと同人誌を発行し、詩人・鄭芝溶との出会いを通じて詩への志を深めていく。
1941年の卒業後、二人は日本留学のため創氏改名を余儀なくされ、日本へ渡る。夢奎は京都帝京大学、東柱は立教大学に入学し、のちに同志社大学へ転学するが、戦時体制の強化とともに抑圧は増していく。やがて独立運動を主導した嫌疑により夢奎が逮捕され、帰郷しようとしていた東柱も捕らえられてしまう。
尹東柱の詩が生まれた時代と背景を映像で残したいというイ・ジュニク監督の思いにより、尹東柱の71回忌に初の映像化が実現。作品には『新しい道』『星を数える夜』『懺悔録』などの詩が登場し、彼の内面と時代の痛みを鮮やかに浮かび上がらせている。
●尹東柱文学館
ソウル・清雲洞から付岩洞(プアムドン)へと峠を越えた場所にある。かつて高台の住宅へ水を送るために使われていた清雲水道ポンプ場と水タンクを再生した施設で、『自画像』(詩)をモチーフにリノベーションされた。力強く水を送り出すポンプ場のように、尹東柱の詩が人々の魂に新しい水を流す存在であってほしいという願いから「魂のポンプ場」とも呼ばれているそうだ。
3つの小さな展示室で構成された文学館。第1展示室は元機械室で、ソウルでの学生時代や日本留学中の写真・肉筆原稿などを通して母語で詩を書き続け、治安維持法違反で逮捕され獄死するまでの生涯を紹介。中央には生家の井戸の一部が展示されている。
第2展示室は水タンク跡を活かした「開かれた井戸」の空間で、天井が取り払われ四角く切り取られた空を仰ぐことができる。空や雲、夜には星が見え、尹東柱の詩に繰り返し登場するモチーフを体感できる場所だ。
第3展示室は「閉ざされた井戸」をイメージした暗い空間で、小さな窓だけが設けられており、福岡刑務所の独房を象徴している。ここでは尹東柱の生涯と作品をまとめた映像が上映される。
文学館のそばの階段を上った丘の上には、代表作『序詩』が刻まれた石碑が建てられている。延禧専門学校在学中、友人・鄭炳昱とともにこの地に下宿していたという縁もあり、この場所は尹東柱の人生と詩の世界と向き合える特別な空間となっているそうだ。
『尹東柱、月を射る(2013)』
1930年代のソウルの街並みを再現した舞台を背景に、現在の延世大学である延禧専門学校文学科に在学していた1938年から治安維持法違反の疑いで逮捕され1945年に獄死するまでの尹東柱の生涯を描いている。
『尹東柱 ~花びらの涙~(2018)』
人生の全てを年代順に描いた一代記ではなく、延禧専門学校在学4年目の1941年から、福岡刑務所で獄死する1945年までの期間を軸にして制作されたオリジナルの創作作品。タイトルは、生前尹東柱が最も尊敬していた詩人・鄭芝溶の序文が由来となっている。
『たんぽぽの笛(2025)』
韓国で愛される詩人・尹東柱と弟・尹一柱の兄弟の物語。実際のエピソードと、二人の作品を収録した童謡詩集『たんぽぽの笛』をもとに制作された。時代背景の説明はあえて抑え、登場人物を兄弟二人に絞ることで、詩を愛する心と静かに通い合う兄弟の内面の交流に焦点を当てた作品となっている。
岩波書店より『尹東柱 空と風と星と詩』が刊行されており、日本語でも触れられる彼の作品。坂口健太郎氏が主演を務めて話題にもなったドラマ『愛のあとにくるもの』にも、劇中で詩の1節を読み上げるシーンがあるという。本や映画、ミュージカルで彼の存在を知ったのをきっかけに、韓国と日本の近現代史を改めて勉強しようと感じた人も多いのではないだろうか。この記事がそんな方々の最初の一歩となると嬉しい。
(文=豊田 祥子)
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