シン・ヘソン主演の『哲仁王后』のモデルとなった王妃はどんな人?

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時代劇の『哲仁王后』は、2020年12月から今年2月まで韓国で放送されたドラマで、シン・ヘソンが現代の男性(青瓦台〔大統領官邸〕のシェフ)の魂が入り込んだ朝鮮王朝の王妃に扮していた。

その王妃とはドラマではキム・ソヨンだ。身体は女性でも、魂は男性なので、動作がすっかり武骨になってしまう。それが爆笑のネタになって、韓国で『哲仁王后』は大人気を博していた。

そのキム・ソヨンは、国王の25代王・哲宗(チョルジョン)とユニークなラブロマンスを展開することになるのだが、彼女のモデルになっているのが題名にもなっている哲仁(チョリン)王后である。果たして、どんな女性だったのだろうか。

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実在した哲仁王后は、1837年に生まれた。

彼女は、14歳のときに哲宗の王妃に選ばれて哲仁王后となった。これは政略結婚であった。というのは、哲仁王后は当時絶大な権力を保持していた大王大妃の純元(スヌォン)王后の近親だったのである。

(写真=tvN『哲仁王后』ポスター)

未亡人となった哲仁王后

こうして王妃になった哲仁王后だが、性格はおとなしくて、慎み深かったという。王宮に住む王族女性の中には傲慢で高飛車な人が少なくなかったが、哲仁王后は女官の間でも評判が良かったそうだ。そういう意味では人徳があったといえる。

哲仁王后は1858年に王子を産んでいる。哲宗にとって王子は長男であったので、ゆくゆくは国王になれる存在だった。しかし、哲仁王后が産んだ王子はまもなく早世してしまった。

とても悲しい出来事であったが、哲仁王后は若かったので次の王子を産む可能性も高かった。しかし、それはかなわなかった。当の哲宗が1863年に32歳で亡くなってしまったからだ。

こうして未亡人となった哲仁王后だが、26代王として高宗(コジョン)が即位すると、大王大妃となって王宮で静かに暮らした。
哲仁王后が亡くなったのは1878年で享年は41歳であった。

このような一生を送った哲仁王后は、没して140年以上が経ってから時代劇の主人公となり、現代の韓国で広く知られる存在になった。あまりに知名度が上がりすぎて、本来は地味だった彼女が草葉の陰で一番驚いているのではないだろうか。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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