イ・ソジンが主演した時代劇『イ・サン』では、ソンヨンを演じたハン・ジミンがヒロインとして印象がとても強いが、もう一人忘れられない女性がいる。それが、イ・サンこと正祖(チョンジョ)の妻となっていた孝懿(ヒョイ)王后で、ドラマでは女優のパク・ウネが演じていた。
この孝懿王后は、歴史的には「数多い王妃の中で一番の聖女であった」と評されている。
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とにかく、性格がとても良かったという。ただし、子供を産むことができなかったので、彼女は大妃(テビ/王の母)になることはできなかった。
それでも、正祖の母親である恵慶宮(ヘギョングン)に大変よく仕えて、義理の母親を大事にしたという(ちなみに、恵慶宮は『イ・サン』ではアクの強い女優であるキョン・ミリが演じていた)。
このように、孝懿王后は「聖女」と呼ばれるのにふさわしい女性だったが、そんな彼女をいびり続けた「鬼のような王女」がいた。
それは果たして、誰であろうか。
正祖の祖父は英祖(ヨンジョ)だが、その英祖には7人の娘がいた。その四番目が和緩(ファワン)王女であるが、まさにこの王女が孝懿王后を徹底的にいじめた張本人であった。
とにかく、和緩王女のいじめは執拗に続き、そばで見ていた女官たちも「本当に気の毒だった」と同情するほどだった。
もちろん、それは孝懿王后がまだ王妃に昇格する前のことなのだが、王女として王宮でわがまま放題だった和緩王女は何かと問題を起こす人だった。
しかし、どんなに理不尽なことをされても孝懿王后はしっかり耐え抜いた。それだけの精神力を備えていたことは本当に立派だった。
結局、『イ・サン』でも描かれていたように、和緩王女はあまりにも行動がひどかったせいで、正祖が即位したときに処罰されている。このときばかりは、孝懿王后のことを気の毒に思っていた女官たちも留飲を下げたことだろう。
その孝懿王后は、正祖が1800年に亡くなっても長く生き続け、1821年に世を去っている。享年は68歳であった。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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