テレビ東京の韓流プレミアで放送されている『馬医』がとても面白い。このドラマを見ていると、悪事の張本人としてイ・ヒョンイクという医師が出てくる。演じているのは、俳優チョ・ドクヒョンだ。
この男は町の医師なのだが世子の担当医になっていて、昭顕(ソヒョン)世子の毒殺にも深く関与していた。
それが『馬医』の描き方なのだが、このイ・ヒョンイクというのはどういう人物だったのか。果たして実在したのだろうか。
実は、彼は実在の人物であり、李馨益(イ・ヒョンイク)という名前もドラマと同じだった。彼は王族の主治医を務めていたのだが、特に鍼治療が得意だった。それでは、史実に伝わる李馨益について説明していこう。
昭顕世子は清の人質から解放されて1645年に朝鮮王朝に帰国したのだが、父親の仁祖(インジョ)と決定的に不仲になってしまった。
そして、彼は帰国して2カ月後に高熱で倒れた。病名はマラリアと診断され、李馨益が鍼治療をした。しかし、病状が悪化して昭顕世子は亡くなってしまった。
このとき、昭顕世子の遺体は毒殺されたかのように黒ずんでいたという。
そこで、鍼治療を行なった李馨益が疑われた。官僚の不正を調べる司憲府(サホンブ)は、「李馨益を取り調べなければなりません」と仁祖に報告した。
しかし、仁祖は司憲府の申し出を許さなかった。さらに、李馨益のことをかばい続けた。
大事な世子が亡くなったというのに、仁祖は真相解明に消極的だった。
こうして、李馨益の疑惑はうやむやになってしまい、この男はその後も王族の主治医として診察を行なっていた。それどころか、重宝される有様だった。
それもそのはずだ。李馨益を使って昭顕世子を毒殺したのは仁祖だと言われているからだ。仁祖は王位を息子に奪われるのを恐れていた。それで李馨益は手先になったのだ。
『馬医』でも、昭顕世子の死に関しては史実と同じ描き方になっていた。
つまり、李馨益の悪事は史実もドラマも同じだったのである。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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