検証!!『100日の郎君様』のような“優れた世子”はホントウにいたのか

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『100日の郎君様』でド・ギョンスが演じているイ・ユルは、とても優秀な世子(セジャ)だった。幼いころに不幸な出来事に見舞われて、成人した後も常に不機嫌に振る舞っていたが、能力は卓越していた。

このようにイ・ユルは頭脳明晰な世子として描かれていたが、歴史上で頭が良かった世子といえばどんな人が思い浮かぶだろうか。

ド・ギョンス演じる世子イ・ユル(写真=tvN『100日の郎君様』韓国ポスター)

すぐに名前が挙がるのが2人の世子だ。

1人は思悼世子(サドセジャ)である。結局は、父親の英祖(ヨンジョ)によって米びつに閉じ込められて餓死してしまうのだが、小さいころは神童と呼ばれていた。

儒教の教科書をたちどころに覚え、中国の歴史にも大変詳しかった。あまりに頭が良すぎるので英祖は大いに期待し、10歳のときから政治の公式会議に出席させ、経験を積ませた。

しかし、10歳の半ばから素行が極端に悪くなり、家臣に暴行を働いたり、側室を殺したりした。また、酒癖が悪かった。

こうしたことで英祖が激怒し、思悼世子は餓死させられた。ある意味では、天才的な頭脳があだになってしまったのかもしれない。

もう1人の頭脳明晰な世子といえば、『雲が描いた月明り』でパク・ボゴムが演じたイ・ヨンこと孝明世子(ヒョミョンセジャ)である。

イ・ヨンは10代前半から卓越した見識を持ち、父親の純祖(スンジョ)も大いに期待し、代理で政治を任せたりもした。その際にイ・ヨンは人事の改革で成功し、宮廷の儀式なども改善させた。

若くして政治の行政能力がすばらしかった。それゆえ純祖は早めに引退して、すべてをイ・ヨンに任せようとした。

そんな矢先にイ・ヨンは病に倒れて21歳で亡くなってしまった。

朝鮮王朝の政治にとっても、はかりしれない損失だった。それから朝鮮王朝は次第に衰退していった。

以上のように、結局は国王になれなかった2人の世子だが、架空の物語とはいえ『100日の郎君様』のイ・ユルは、果たしてどんな国王になっただろうか。

【関連】ド・ギョンスの言葉にあふれる『100日の郎君様』の魅力

もちろん、名君になったことは間違いない。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)
 

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