和緩翁主(ファワンオンジュ)は、『王道(ワンド)』でイ・ヒョチュン、『大王の道』でキム・ジヨン、『イ・サン』でソン・ヒョナ、『赤い袖先』でソ・ヒョリムが演じていた女性である。そんな彼女はいったいどんな人生を歩んだのだろうか。
【関連】『イ・サン』のソン・ヒョナ!こんなドラマに出演していた
和緩翁主は、1738年に朝鮮王朝第21代王・英祖(ヨンジョ)の娘として生まれた。彼女の母は、王の寵愛を独占した映嬪・李氏(ヨンビン・イシ)で、美しく品のある女性として宮中で名を馳せた。
幼い和緩翁主は、王宮の庭で蝶のように育ち、きらびやかな衣をまとって歩く姿は人々の憧れであった。英祖は多くの娘の中でも彼女を特にかわいがり、詩や音楽の教育を与えた。聡明で穏やかな彼女は、まさに王の誇りであった。
しかし、王の愛が深いほど、運命の影も濃くなっていく。兄の思悼世子(サドセジャ)は、優れた才能を持ちながらも感情の起伏が激しく、宮中の不安要素となっていった。
幼いころから兄妹の間には微妙な距離があり、和緩翁主は兄の激しさを恐れながらも、父と兄の間で心を痛めていた。彼女は王の怒りを抑えようと努力したが、その報告が結果的に兄の不信を招き、悲劇を加速させてしまう。
1762年に英祖はついに息子・思悼世子に死を命じた。世子は米びつに閉じ込められ、飢えの中で息絶える。王の決断は宮中を震え上がらせた。この事件の背後に、和緩翁主の進言があったという噂が流れる。
父に忠義を尽くしたのか、兄を恐れたのか、真実は誰にも分からない。ただ、彼女の言葉が兄の死を早めたことだけは確かである。
1776年に思悼世子の息子イ・サンが22代王・正祖(チョンジョ)として即位する。幼くして父を失った正祖は、祖父である英祖のもとで育ちながら、父を死に追いやった者たちへの怒りを抱えていた。
即位後、正祖は父を陥れた人々を粛清し、その矛先は和緩翁主にも向けられる。彼女は王族の称号を剥奪され、罪人として扱われた。かつての栄華から地に落ちた屈辱は、彼女にとって生きながらにして死を味わうような苦しみであった。
それでも正祖は、血のつながりを断ち切ることはできなかった。彼女は死罪を免れ、地方へ流された。長い年月が過ぎ、正祖の怒りが静まると、和緩翁主は都に戻ることを許される。晩年の彼女は静かに日々を送り、1808年に生涯を終えた。
その人生は、愛と憎しみ、忠義と裏切り、そして赦しに彩られていた。父に愛され、兄を失い、甥に裁かれた和緩翁主の運命は、王宮という華やかな檻の中で咲いた孤独な花のようである。彼女の名は、朝鮮王朝の光と影を映す鏡として、今も静かに歴史の中に息づいている。
【和緩翁主の人物データ】
1738年~1808年
主な登場作品()内は演じている女優
『王道(ワンド)』(イ・ヒョチュン)
『大王の道』(キム・ジヨン)
『イ・サン』(ソン・ヒョナ)
『赤い袖先』(ソ・ヒョリム)
文=大地 康
■【関連】『赤い袖先』のソ・ヒョリムの代表作!注目すべきドラマ3選
前へ
次へ