朝鮮王朝の歴史の中で、典型的な悪女と見なされている女性たちを取り上げてみよう。彼女たちは果たして、どんな存在だったのか。年代順に紹介しよう。
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●張緑水(チャン・ノクス)
10代王・燕山君(ヨンサングン)の側室として、寵愛を一身に受けた。張緑水は妖艶な美貌と巧みな話術で暴君の心を虜にし、王宮に贅沢と享楽の時代をもたらした。しかし、その浪費は国の財政を破綻に追いこみ、ついには燕山君の廃位と共に悲劇的な最期を迎えた。
●文定王后(ムンジョンワンフ)
中宗(チュンジョン)の三番目の正妻であり、朝鮮王朝で最も冷徹な女帝と称された。文定王后は継子・仁宗(インジョン)を毒殺したとの疑惑があり、その執政期には苛烈な圧政を敷いた。文定王后は民衆の苦しみには目もくれず、死ぬまで恐怖政治を続けていた。
●鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)
文定王后の手先として、権謀術数を尽くした。鄭蘭貞の冷徹な野心は、多くの者を死へと追いやった。富と権力を得た彼女も、文定王后の死とともにその運命が激変した。逃亡した末に、自ら命を絶つことになった。
●金介屎(キム・ゲシ)
15代王・光海君(クァンヘグン)の信頼を受け、宮廷の奥深くで暗躍した。そんな金介屎は、王の権力を守るために政敵を次々と葬り去った。しかし、光海君の失脚とともに彼女の命運も尽き、無残に処刑された。
●張禧嬪(チャン・ヒビン)
19代王・粛宗(スクチョン)の側室から王妃にまで昇り詰めた。張禧嬪は妖艶な魅力と狡猾な計略によって、王宮内の権力争いを生き抜いた。しかし、仁顕(イニョン)王后を呪詛(じゅそ)した罪により死罪を宣告され、波乱の生涯を閉じた。
●貞純王后(チョンスンワンフ)
英祖(ヨンジョ)の二番目の正妻であり、思悼世子(サドセジャ)の悲劇の影にいた女性だった。また、正祖(チョンジョ)の政敵として暗躍し、王朝の権力を意のままに操った。しかし、キリスト教徒の大虐殺を起こしたことは最悪だった。
文=大地 康
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