人気時代劇『善徳女王』は、序盤の展開から波乱含みだ。真平王(チンピョンワン)の妻である麻耶(マヤ)夫人に子供が生まれたのだが、それが女の子の双子だった。
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古来より新羅(シルラ)では双子が生まれると王族の男子の系統が絶える、という言い伝えがあり、そのことを実力者の妖女ミシル(コ・ヒョンジョン)が利用しようとした。そういう背景があっただけに、真平王は双子の妹のほうを絶対に隠そうとして、王宮の外に出してしまった。
そのように捨てられた次女がやがて成長して女王になる、というのが『善徳女王』のメインストーリーだった。
これはとても大胆な解釈だ。歴史書『三国史記』には、善徳女王が双子で生まれた、という記述がない。実際、『三国史記』は善徳女王の項目で次のように書いている。
「善徳女王が即位した(632年)。名は徳曼(トンマン)で、真平王の長女である。母の姓は金氏で、麻耶(マヤ)夫人である。徳曼は生まれつき情け深く、明敏であった。国王が亡くなって子がいなかったので、人々は徳曼を立てて彼女が国王になった」
こうした記述を見ると、善徳女王に関して実は双子の妹だったというドラマの設定は、事実と明らかに違っている。あくまでもドラマのために用意されたフィクションなのだ。それによって、『善徳女王』は縦横無尽な展開を迎えることになった。
たとえドラマとはいえ、「時代劇でどこまで独自のストーリーが許されるか」という問題が残るが、物語を徹底的に面白く楽しむ上で『善徳女王』の設定は視聴者の間でも容認されていた。
中でも『善徳女王』というドラマでは、ミシルの怪物ぶりが話題になっていたが、それに対抗するためにもイ・ヨウォンが演じるトンマンには謎めいた出生秘話が必要だったのだ。そういう意味で、ドラマとして善徳女王が双子の妹だったという設定にしたことは、たとえ史実と違っていても大成功だったと言えるだろう。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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