『赤い袖先』で衝突した王妃と翁主の対立はどちらが有利なのか?

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テレビ東京の韓流プレミアで放送中の『赤い袖先』。9月13日の第9話では、ソ・ヒョリムが演じている和緩(ファワン)翁主(オンジュ)とチャン・ヒジンが扮している王妃キム氏の対立が決定的になった。

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元になったトラブルは、朝鮮半島の養蚕を奨励するための儀式「親蚕礼」で起こった。和緩翁主が派手に清国の絹を着ていたことがいけなかった。このように外国の絹を礼賛して自国の絹を軽んじた行為を目の当たりにして、王妃キム氏は和緩翁主を平手打ちにした。

和緩翁主は英祖(ヨンジョ)の娘で、母親は英祖の側室だった映嬪・李氏(ヨンビン・イシ)だ。そして、兄は思悼世子(サドセジャ)となっている。このように王族女性の中心で育ってきたのが和緩翁主であった。

一方、英祖の二番目の正室になったのが王妃キム氏だ。英祖の最初の妻は貞聖(チョンソン)王后であったが、1757年に亡くなっており、英祖が2年後に新たに迎えたのが王妃キム氏である。歴史的には貞純(チョンスン)王后と言われている。

王妃キム氏はあまりに若かった。65歳の英祖に嫁いだときは14歳であり、夫婦の年齢差は51歳だった。そうなると、新妻より英祖の娘のほうが年上になるのは自明の理であり、実際のところ和緩翁主は王妃キム氏より7歳も上だった。

『赤い袖先』で対立した王妃キム氏(左)と和緩翁主(NBCユニバーサル・エンターテイメント/©2021MBC)

身分に厳格な儒教社会

しかし、2人の立場を比べたら、やはり王妃キム氏に軍配が上がる。なにしろ、王妃は朝鮮王朝で「国母(クンモ)」として尊敬されるファーストレディだ。一方の和緩翁主は側室から生まれた王女であり、公主(コンジュ/国王の正室から生まれた王女)よりも格下であり、さらに王妃と比べると身分差は明らかだ。

しかし、英祖は娘たちを溺愛していたので、その立場を利用して和緩翁主は必要以上に自分を尊大に見せていた。とはいえ、それも限界がある。年下の王妃とはいえ、形の上では和緩翁主にとって王妃キム氏は母親なのだ。朝鮮王朝は身分に厳格な儒教社会であるだけに、どう考えても和緩翁主のほうが、分が悪かったのである。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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