『七日の王妃』の主人公2人の結婚問題は史実でどうなっていたのか

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時代劇『七日の王妃』も中盤になると、パク・ミニョンが演じるシン・チェギョン(後の端敬〔タンギョン〕王后)の結婚問題がクローズアップされる。彼女はヨン・ウジンが演じる晋城大君(チンソンデグン/後の中宗〔チュンジョン〕)と夫婦になっていくのだが、史実では2人の結婚もどのように行なわれたのだろうか。

【写真】『七日の王妃』でパク・ミニョンが演じたヒロインはどこまで突き抜けたのか

実際、2人が結婚したのは1499年である。そのとき、シン・チェギョンは12歳で、晋城大君は11歳だった。

朝鮮王朝では王子が結婚するとき、妻が年上という場合がとても多い。晋城大君もまさにそうだった。

この時点で、世子(セジャ)は国王の燕山君(ヨンサングン)の息子である。つまり、晋城大君が将来的に国王を継ぐ可能性が著しく低かった。

もしも世子の妻を選ぶときは、「カンテク」という正式な選抜方法を使って慎重に結婚相手を決めるのだが、王位を継ぐ可能性が低い王子の結婚なら、国王や王族の長老の意見によって決められるケースがほとんどだ。

主人公2人の結婚がようやく決まっていく(Licensed by KBS Media Ltd. © 2017 KBS. All rights reserved
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人の将来はわからない

こうして晋城大君が選んだ相手は、慎守勤(シン・スグン)の娘だった。

このときの慎守勤は燕山君の一番の側近だった。しかも、彼の妹は燕山君の妻になっていた。これほど慎守勤が王宮でも力を持っていたので、彼の意向が強く働いて、晋城大君の結婚相手も政略結婚の意味合いで決まっていったのである。

このように、権力者の思惑で成り立った結婚とはいえ、当の2人は仲睦まじく暮らした。このまま政変が起こらず、燕山君が追放されることがなかったならば、2人はずっと平穏に結婚生活を送ったはずであった。

しかし、運命はとても冷たかった。1506年に起きたクーデターが仲のいい夫婦には青天の霹靂(へきれき)になったのである。この時点で晋城大君と端敬王后の別離は不可避となってしまった。

本当に人の将来というものは、わからないものだ。パク・ミニョンが扮していたシン・チェギョンの美しく快活な生活ぶりをドラマで見ていると、彼女にやがて訪れる悲劇を思ってハラハラさせられる。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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