Netflixで大人気となっている『暴君のシェフ』。イ・チェミンが演じる国王イ・ホンは10代王・燕山君(ヨンサングン)をイメージさせている。この暴君をよく知るために、わかりやすい年表で人物像に迫ってみよう。
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・1476年/燕山君が生まれる。父は成宗(ソンジョン)、母は尹氏(ユンシ)であった。
・1479年/成宗の正妻であった尹氏が廃妃となる。宮廷に渦巻く暗い嵐の背後では、成宗の母であった仁粋(インス)大妃の冷徹な影響力が尹氏の追放につながった。
・1482年/廃妃に追いやられた尹氏が、ついに死罪に処される。その血の記憶は時を越えて脈打ち、後に「大虐殺」の火種となってしまった。
・1483年/燕山君が世子になる。将来の国王が約束された。
・1494年/成宗が亡くなり、燕山君が10代王として即位した。
・1498年/士林派(儒教の教義を信奉する人たち)の高官たちが、道義と名分を掲げて立ち上がるも、燕山君の冷酷な粛清の刃に倒れる。「戊午士禍(ムオサファ)」と呼ばれる悲劇が広がり、学問と正義を誇った人々の魂が一斉に消えていった。
・1504年/母の尹氏の死罪に関わった者たちに対し、燕山君の憎悪は炎となって爆発する。「甲子士禍(カプチャサファ)」という、血と涙で彩られた惨劇が起こった。死者の墓まで暴かれ、首がはねられた。そうした凄絶な行為はあまりに非道であった。結局、母を奪われた悲しみは、やがて復讐の連鎖を呼んだのである。
・1506年/ついに運命の歯車が反転する。朴元宗(パク・ウォンジョン)、成希顔(ソン・ヒアン)、柳順汀(ユ・スンジョン)たちが中心となり、国王を討つクーデターが勃発。燕山君は王宮から追放されて島流しになり、2か月後に病死した。異母弟の晋城大君(チンソンデグン)が新たに11代王・中宗(チュンジョン)として即位し、宮廷には新たな風が吹き込むこととなった。
結局、燕山君の人生は憎悪と狂気が交錯する悲劇の連鎖であった。『暴君のシェフ』に重なるその軌跡は、まるで血と涙で編まれた重厚な物語のようだ。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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