【ソンヨンの栄光】『イ・サン』が描く王の後継ぎ問題の結末

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ドラマ『イ・サン』は終盤になってから、イ・サン(イ・ソジン)の後継ぎ問題がクローズアップされてきた。そして、最大の慶事になったのが、ソン・ソンヨン(ハン・ジミン)が王子を出産したことであった。

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それは1782年のことだ。イ・サンは1776年に即位しているので、国王になって6年目のことであった。それまでソンヨンはせっかくイ・サンの側室になっても母親の恵慶宮(ヘギョングン)からは認められていなかった。

彼女はソンヨンのことを極端に嫌っていて、ソンヨンが挨拶に来てもろくに会おうとしなかった。実際、ドラマ『イ・サン』では恵慶宮がソンヨンに冷たくする場面がたくさん描かれていた。

しかし、恵慶宮としても息子のイ・サンに後継ぎはいないことを大変心苦しく思っていた。それゆえ恵慶宮は自分の気に入っている側室を優遇して、彼女たちが早くイ・サンの後継ぎを産むことを期待していた。それにもかかわらず、イ・サンの息子はなかなか誕生しなかった。

そんな時にソンヨンがようやく出産したのが待望の王子であった。この慶事で手のひらをかえすようになった恵慶宮は、それまでのいきさつを忘れて素直にソンヨンのことを心から褒めたたえた。たとえ嫌っている女性であっても、息子の後継ぎを産んでくれた功績は、あまりに大きかったのである。本当に大手柄だった。

『イ・サン』でハン・ジミンが演じたソンヨン

本当に嬉しいこと

なお、ドラマ『イ・サン』でソンヨンのモデルとなっているのは、実在した宜嬪・成氏(ウィビン・ソンシ)である。彼女は実際にイ・サンの側室になった後、1782年に王子を産んでいる。それが文孝(ムニョ)であった。

イ・サンは大変喜び、まだ2歳にならないうちから文孝を世子に指名している。これは異例中の異例だった。なぜなら、朝鮮王朝の慣例によると、王室が世子を決めるのは息子が5歳になった頃であったからだ。そうした慣例を無視して、文孝はまだ文字がわからない内から世子になっている。イ・サンにとっても本当に嬉しいことであったことだろう。

文=大地 康

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