朝鮮王朝第16代王・仁祖(インジョ)は王になる前は綾陽君(ヌンヤングン)という名前だった。そんな綾陽君こと仁祖は、『華政』ではキム・ジェウォン、『ノクドゥ伝~花に降る月明り~』ではカン・テオが演じていた人物だ。
【関連】【王朝の闇】「悲劇の王」とされる仁祖インジョが重ねた悪政の数々仁祖(インジョ)は、1623年にクーデターを成功させて王位に就いた。しかし、その治世は困難の連続であり、朝鮮史上最大の屈辱とされる「三田渡の屈辱」を経験した王としても知られる。仁祖の波乱の生涯を振り返る。
仁祖の父・宣祖(ソンジョ)は、側室の間に多くの子をもうけたが、正室には男子がいなかった。そのため、後継者選びに慎重だった。しかし、1592年に豊臣秀吉による朝鮮出兵が始まり、混乱の中で後継者を早急に決める必要が生じる。そこで、宣祖は側室の子である光海君(クァンヘグン)を世子に指名した。
1598年に豊臣秀吉が死去し、戦争が終結した後、宣祖は新たな正室・仁穆王后(インモクワンフ)を迎え、1606年に念願の男子・永昌(ヨンチャン)大君が誕生する。これが後に宮廷内の権力争いを激化させる火種となった。
1608年に宣祖が崩御し、世子であった光海君が即位。しかし、宮廷内では光海君に反発する勢力が、長兄・臨海君(イメグン)や異母弟・永昌大君を担ぎ出し、王位を巡る対立が深まった。光海君派は、政敵を粛清することで権力を固め、臨海君を処刑、永昌大君とその母・仁穆王后を幽閉した。
この光海君の強権的な政治に不満を抱いたのが、光海君の異母弟・綾陽君だった。1623年、綾陽君は宮廷内の反光海君派と結託し、大規模なクーデターを決行。幽閉されていた仁穆王后を解放し、光海君を廃位に追いやった。そして、綾陽君は仁穆王后の許しを得て、仁祖として即位した。
クーデターによって王位に就いた仁祖だったが、彼の治世は混乱に満ちていた。即位直後、クーデターの功臣である李适(イ・グァル)が反乱を起こし、一時は首都を占領する事態に発展。仁祖はどうにか鎮圧したが、この内乱によって朝鮮王朝の防衛体制が弱体化してしまった。
その隙を突いたのが、北方の異民族・後金(のちの清)である。1627年、後金は朝鮮に侵攻し、朝鮮は屈辱的な和約を結ばざるを得なかった。しかし、朝鮮王朝は引き続き中国・明を支持し、後金を見下す姿勢を崩さなかった。これが後金の怒りを買い、1636年に再び侵攻を受けることになる。
清(後金から改名)は圧倒的な軍事力をもって朝鮮を蹂躙し、ついに仁祖は降伏を余儀なくされた。清は仁祖に対し、清の皇帝の前で直接謝罪するよう要求。
こうして、仁祖は漢江(ハンガン)の川沿いにある三田渡(サンチョンド)で3回ひざまずき9回額を地面につけるという屈辱的な儀式を強いられた。この事件は「三田渡の屈辱」として、朝鮮王朝最大の恥辱とされる。
さらに、清は仁祖の3人の息子を人質として連れ去った。仁祖は息子たちと別れる際、号泣し続けたという。
人質となった3人の息子のうち、三男は幼かったためすぐに帰国できたが、長男の昭顕(ソヒョン)と二男の鳳林(ポンニム)はしばらく清の都・瀋陽(しんよう)で生活することになった。
清での生活において、長男の昭顕は清の文化に興味を持ち、西洋の技術や学問にも触れた。一方、二男の鳳林は清を憎み続けた。1645年、清は2人の帰国を許可。昭顕はすぐに父・仁祖に会いに行ったが、仁祖の態度は冷たかった。
仁祖は、昭顕が清の文化に染まっていることに激怒し、彼を警戒した。さらに、清が仁祖を廃位し、昭顕を新たな王に据えようとしているという噂まであった。
そのため、昭顕に対する疑念を強めた仁祖は、彼を冷遇し、わずか2カ月後、昭顕は突然の病で急死する。その死因については、仁祖による毒殺説が根強い。決定的だったのは、昭顕の葬儀だった。
本来なら世子である昭顕の葬儀は盛大に執り行われるはずだったが、仁祖は庶民と同じ簡素な儀式で済ませた。そして、昭顕の子ではなく、二男の鳳林を新たな世子に指名したのだ。この不可解な決定により、仁祖が昭顕を毒殺したという説が有力視されるようになった。
仁祖は、クーデターによって即位したものの、度重なる反乱や外敵の侵攻に苦しみ、最後には息子の死をめぐる疑惑まで背負うことになった。
彼は1659年に崩御し、二男の鳳林が17代王・孝宗(ヒョジョン)として即位した。孝宗は父・仁祖の清に対する屈辱的な対応を憎み、復讐を誓ったが、その計画を実行する前に病で亡くなった。
仁祖は、優れた戦略と統率力で王位を勝ち取ったが、国を安定させることはできず、結果として朝鮮王朝最大の屈辱を味わった国王として歴史に刻まれることになったのである。
【仁祖の人物データ】
生没年
1595年~1649年
主な登場作品()内は演じている俳優
『三銃士』(キム・ミョンス)
『華政』(キム・ジェウォン)
『ノクドゥ伝~花に降る月明り~』(カン・テオ)
『ポッサム~愛と運命を盗んだ男~』(イ・ミンジェ)
『恋人~あの日聞いた花の咲く音~』(キム・ジョンテ)
文=大地 康
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