【愛と裏切りの宮廷】『七日の王妃』でパク・ミニョンが演じた王妃の悲しみがなぜ心に響くのか

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韓国の時代劇において、強烈な印象を残すヒロインたちが存在する。例えば、『宮廷女官 チャングムの誓い』のチャングム、『イ・サン』のソン・ソンヨン、『トンイ』のトンイなど、彼女たちは視聴者の心を強く捉え、「待ってました!」という賛辞を受けるにふさわしい。

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さらに、『七日の王妃』に登場する端敬(タンギョン)王后は、パク・ミニョンによって情熱的かつ美しく演じられ、深い感動を呼び起こしている。

このドラマでは、11代王である中宗(チュンジョン)をヨン・ウジンが、そして10代王の燕山君(ヨンサングン)をイ・ドンゴンが見事に演じており、この二人の間で愛憎が交差する悩ましいヒロインとして端敬王后が描かれている。

しかし、端敬王后の実際の生涯は、ドラマとはかなり異なるものであった。燕山君は1506年にクーデターで廃位され、中宗が新たに王位に就いた。これにより端敬王后は王妃となったが、わずか7日間で廃妃となってしまう。端敬王后の父が燕山君の側近であり、燕山君の妻が端敬王后の叔母であったためだ。

このように、端敬王后の親族が燕山君と密接な関係でありすぎたのだ。そこで、クーデターを成功させた高官たちが廃妃を主張し、中宗もこれを拒否することができなかったのである。

『七日の王妃』でパク・ミニョンが演じた端敬王后(Licensed by KBS Media Ltd. © 2017 KBS. All rights reserved
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心に響く普遍的なメッセージ

端敬王后は王妃となってから7日で王宮を追われ、一時は行方も知れず、惨めな境遇に陥る。時が流れ、中宗が1544年に危篤状態に陥った時、端敬王后は王宮の正門に駆け付け、中宗との再会を願った。しかし、彼女は王宮に入ることを許されず、中宗には会えないままであった。

結局、中宗は亡くなってしまったが、1506年以来、二人は一度も会うことがなかったのである。そして、端敬王后は1557年に世を去る。彼女の生涯は70年に及んだ。

ドラマと史実のギャップは大きいが、それによって端敬王后の人生に対する深い理解と同情が芽生えるのも確かだ。彼女の物語は、時代を超えて人々の心に響く普遍的なメッセージを持っている。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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