【『七日の王妃』の後日談】パク・ミニョンが扮する端敬王后は中宗の臨終に会えたのか

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時代劇『七日の王妃』は、中盤になってパク・ミニョンが演じるシン・チェギョンとヨン・ウジンが扮する晋城大君(チンソンデグン)が結婚する。そして、2人は仲良く暮らすのだが、史実で言うと、1506年に燕山君(ヨンサングン)が廃位となって晋城大君が代わりに中宗(チュンジョン)として即位する。

【写真】『七日の王妃』でパク・ミニョンが演じたヒロインはどこまで突き抜けたのか

それによって、シン・チェギョンが端敬(タンギョン)王后になるのだが、わずか七日で廃妃(ペビ)にされてしまう。

この悲しい出来事がドラマのタイトルになってしまうわけだが、王宮を出された端敬王后は、その後に中宗に会うことはできなかった。

こうして愛し合っていた2人は離れ離れになってしまう。

それから38年後の話が再び悲しみを誘うことになる。

それは、どんな出来事なのだろうか。

最後まで彼女は悲しい運命だった(Licensed by KBS Media Ltd. © 2017 KBS. All rights reserved
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面会は許可されなかった

1544年、56歳だった中宗は病状が悪化して重体になった。時代劇『宮廷女官 チャングムの誓い』で主役のイ・ヨンエが演じた医女の長今(チャングム)や、その他の医者たちが必死に治療に当たった。しかし、中宗の病状は一向に改善しなかった。

この段階になって、中宗のそばに仕えていた高官たちは重大な決断を強いられた。なぜなら、廃妃になって38年も経過している端敬王后が、中宗に一目会いたいという切実な思いを持って王宮の門のところに駆けつけてきたからだ。中宗の病が重いことを聞いた彼女としては、最後に会える機会だと悟って必死の思いでやってきた。この事実はきちんと「朝鮮王朝実録」に記載されている。

しかし、端敬王后が実際に中宗に会えた、という事実は「朝鮮王朝実録」に書かれていない。それだけに、推測すると「残念ながら会えなかった」ということになる。もし会えていたら、国王の状況を絶対に書き洩らさない「朝鮮王朝実録」が必ず書いているからだ。

もはや一般の女性であることに変わりはない……それによって、端敬王后の面会は許可されなかったものと思われる。

どんなに悲しい思いで端敬王后はかつての夫を見送ったのか。ちなみに、彼女が亡くなったのは、それから13年後のことだ。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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