韓国時代劇の世界に一石を投じた作品がある。NHK BSP4KおよびBSで好評放送中の『朝鮮弁護士カン・ハンス~誓いの法典~』は、剣や権謀ではなく言葉の力で闘う主人公を据えた異色の歴史ドラマだ。
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舞台は朝鮮王朝。腐敗と不条理が蔓延る時代に、庶民の声を代弁するために法廷に立ち上がった弁護士カン・ハンスの姿が描かれる。本作の最大の特徴は、時代劇と法廷劇という、一見相容れない2つのジャンルを見事に融合させた点にある。
韓国ドラマでは現代を舞台とした法廷劇が人気ジャンルとして定着しているが、それを儒教的秩序に支配された封建社会へと転移させたことで、作品は一気に思想的な奥行きを獲得した。
身分制度や官僚腐敗、そして無力な庶民たちが抱える理不尽に、カン・ハンスは知略と弁舌を武器で立ち向かっていく。その姿は、現代の視聴者にとっても強烈なカタルシスを呼び起こす。
朝鮮時代に弁護士制度は存在しなかった。しかしこのドラマでは、ハンスが“訴訟代理人”というフィクションの存在として民の声をすくい上げ、論理と情熱で勝訴を勝ち取っていく。
そこにあるのは勧善懲悪の単純な構図ではなく、“正義とは誰のためにあるのか”という根源的な問いへのアプローチだ。ドラマは、法とは何かという問題を観る者に突きつける、まさに知的興奮に満ちたエンターテインメントなのである。
加えて、本作は濃密な人間ドラマとしても成立している。主人公カン・ハンスを演じたウ・ドファンは、ユーモアとシリアスさを巧みに行き来し、内面に葛藤を抱えながらも成長していく複雑な男を見事に体現した。
そんな彼の前に現れるのが、王女でありながら民の正義のために動くイ・ヨンジュ(演者キム・ジヨン)だ。彼女は恋愛対象という枠に収まらず、理想を共に追う同志として描かれており、その存在が物語の道徳的な厚みを支えている。
さらには、漢城府の判尹(パンユン/裁判長の長官)ユ・ジソン(演者チャ・ハギョン)も加わり、物語は恋愛・信念・権力が交錯する三角関係へと展開していく。
愛と忠誠、私情と公正が交錯する複雑な人間模様が、法廷の緊張感と絶妙に絡み合い、視聴者の感情を揺さぶる。
演出や美術、衣装もまた秀逸だ。法廷の張り詰めた空気、宮廷の荘厳さ、市井の雑踏、すべてが丁寧に作り込まれ、視聴者を物語の世界へと没入させる。
特に法廷でのハンスの所作や衣装には、彼の内なる信念とキャラクターの重みが凝縮されており、演出の力量が際立つ。
『朝鮮弁護士カン・ハンス~誓いの法典~』は単なる歴史ドラマではない。“復讐から正義へ、個人的感情から公共の使命へ”という普遍的テーマを時代の制約の中で描き出し、現代にも通じるメッセージを放っている。だからこそ本作は、ジャンルの枠を超えた“問題提起型時代劇”として、韓国ドラマの可能性を広げたと言えるだろう。
『朝鮮弁護士カン・ハンス~誓いの法典~』は現在、NHK BSP4KおよびBSで好評放送中。またU-NEXTでは独占配信もされており、さまざまな視聴スタイルで楽しむことが可能だ。
言葉で未来を切り拓くハンスの姿は、今を生きる我々に多くの示唆を与えてくれる。時代劇の常識を覆すこの挑戦的作品は、韓国ドラマファンならずとも一度は味わうべき1本である。
文=大地 康
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