『ノクドゥ伝~花に降る月明り~』の登場人物の中で一番振れ幅が大きい役は、カン・テオが演じたユルムだった。
前半でユルムは、育ちのいい若様だった。物腰も柔らかく、洗練されたセンスを持っていた。彼はキム・ソヒョンが演じたドンジュを愛していたのだが、彼女もユルムだったら幸せになれるのではないか、と思わせる雰囲気があった。
しかし、後半になると一転する。
ユルムは実は綾陽君(ヌンヤングン)であることが明らかになった。途端に綾陽君は本性をむきだしにしていく。
光海君(クァンヘグン)の王座を狙い、手段を選ばぬ狡猾な手口で人を陥れていった。もはや、前半の優雅な姿はどこにもなかった。
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それどころか、「こんな非道な人間にはなりたくない」と視聴者に思わせるほど、綾陽君は卑怯なことばかりしていた。
それなのに、ドンジュの愛を得られるはずがない。それはわかっていることなのだが、すると綾陽君は巧妙な細工をしてドンジュを自分のそばに置こうとしていた。
このように、『ノクドゥ伝~花に降る月明り~』において綾陽君は典型的な悪役だった。
これは、とても大胆なストーリー設定だった。なにしろ、綾陽君はやがて16代王・仁祖(インジョ)になる人物だ。国王になる男をここまで悪く描くというのは、暴君を除けば今までの時代劇ではなかった。つまり、『ノクドゥ伝~花に降る月明り~』は斬新な配役設定をしていたのである。
また、綾陽君を演じたカン・テオは、前半はできるだけ優雅な佇まいをサラリと演じていたが、後半に入ると毒々しい表情を見せても、いかにもワルそうに綾陽君に扮していた。
そういう意味で、カン・テオの多様性がとても生きていた。
しかし、綾陽君は結局、ドンジュの愛を得られなかった。それどころか、どんなに尽くそうとしても、反比例するようにドンジュに嫌われていった。そのときばかりは、綾陽君も悲嘆にくれた。
結局、綾陽君は念願の王座を得られたのだが、実は哀れな男なのかもしれない。その内面をカン・テオが巧みに演じていた。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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