傑作『哲仁王后~俺がクイーン⁉~』でシン・ヘソンが演じたヒロインが哲仁(チョリン)王后である。ドラマでは、きらびやかで奔放な魂を持つ女性として描かれていたが、歴史の扉を開いてみると、まったく異なる女性の姿が浮かんでくる。史実では本当に地味で静かな女性だったのだ。
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彼女がこの世に生を受けたのは1837年。高官の家に生まれ、幼いころから気品の中に包まれた日々を送っていた。女帝とも称された純元(スヌォン)王后の親戚だったので、その家柄の良さが認められ、哲宗(チョルジョン)の正妃として迎えられた。それはまだ14歳という繊細な年齢であった。
歴史の記録によれば、彼女は月の光のように穏やかな性格だったという。心の内に炎を秘めていたかもしれないが、それを他人に見せることはなかった。このように、ドラマで描かれた大胆不敵な哲仁王后とは真逆の人物像だ。
王宮という閉ざされた世界の中でも、彼女は決して自分勝手な振る舞いをすることがなかった。その慎ましさは女官たちの胸を打ち、やがて人々の敬意と深い愛情を集めるようになる。朝鮮王朝には42人の王妃が存在したが、その中でも「人徳に満ちた王妃」として彼女は特別な存在であった。
1858年、哲仁王后は王子を出産する。人々はその子に未来を託し、希望の光を見出した。しかし、その命は星が落ちるように早く消えてしまった。
さらに1863年、哲宗が32歳という若さで世を去ると、彼女は新たに即位した26代王・高宗(コジョン)の大妃となった。その立場はより強くなり、王宮の中で威厳を保っていた。
そんな彼女も、1878年に41歳でその生涯に幕を下ろす。王妃の平均寿命は約48歳であったが、それにはまったく及ばなかった。
こうしてみると、哲仁王后とは、激動の時代を穏やかに生き抜いた気高き魂の持ち主だったと言える。『哲仁王后~俺がクイーン⁉~』が描いた奔放な姿も魅力的ではあるが、史実の中の彼女には、また別の深い輝きがあった。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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