最高額紙幣の肖像画「申師任堂」は情けない夫を嘆いてなぜ自害しようとしたのか?

2023年02月20日 歴史 #康熙奉コラム #写真
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申師任堂(シンサイムダン)は、朝鮮王朝時代に「良妻賢母の鑑」と称された素晴らしい女性だ。その名声は現代にも轟(とどろ)き、韓国で5万ウォン札という最高額紙幣が発行されるときに肖像画に採用された。まさに、長い歴史の中でもナンバーワン級の高い評価を受けてきたのだ。

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そんな申師任堂は1504年に誕生した。幼少のときから絵の才能が凄かった。

7歳の頃、著名な画家の山水画を模写していると、周囲の人が「本物より上手に描いている」と絶賛した。しかし、彼女はどんなに褒められても、「写すだけではとうてい満足できません」と語ったという。わずか7歳にして独自の画風を探求していたというから創造力がとてつもなかった。

申師任堂の芸術性は絵画から刺繍にまで広がっていった。当時は儒教的な価値観が支配していて男尊女卑の風潮がとても強かった。女性が芸術家として生きていくのは難しく、彼女も親が決めた結婚話を受けざるをえなかった。

それなのに、夫は甲斐性がなかった。申師任堂も必死になって子供を育てて生活に追われた。ようやく夫は一念発起して、「絶対に科挙に合格してやる。それまでは帰ってこない」と勇ましく都に出かけたが、挫折してすぐに戻ってきた。

ドラマ『師任堂、色の日記』ではイ・ヨンエが申師任堂を演じた(写真=SBS『師任堂、色の日記』韓国公式サイト)

申師任堂の生き方

申師任堂は激怒した。彼女は裁縫箱からハサミを取り出して喉に当てた。死ぬ覚悟だったのだ。

「あなたが約束を守らないなら私はここで自害します」

それは脅(おど)しではなかった。本心だったのだ。

妻の剣幕に驚いた夫は、必死に申師任堂に詫びた。そのうえで、今度こそ科挙に合格するまで故郷に帰って来なかった。

この逸話は申師任堂の意志の強さを物語っている。そんな彼女から育てられた息子が、儒学の大学者の李珥(イ・イ)である。彼は5千ウォン紙幣の肖像画を飾っている。なんと、母親と息子が共に韓国の紙幣の肖像画に採用されているのだ。これ以上の名誉が他にあるだろうか。

申師任堂の生き方は多くの教訓を現代にもしっかり伝えてくれている。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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