『風と雲と雨』に登場する哲宗は史実ではどんな王なのか

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テレビ東京の韓流プレミアで放送されている『風と雲と雨』で、俳優のチョン・ウクが演じている朝鮮王朝25代王・哲宗(チョルチョン)。

彼が統治する時代を描いているのは『風と雲と雨』の他に、2012年『Dr.JIN』や2020年『哲仁王后』がある。

王になる前は元範(ウォンボム)という名前だった哲宗。彼は後に25代王として即位するが、王宮内では彼の存在はあまり知られていなかった。

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その理由は、祖父から兄まで政争に巻き込まれて亡くしており、元範自身も江華島(カンファド)に流されてしまう。

ちなみに、元範の曾祖父は21代王・英祖(ヨンジョ)の息子の思悼世子(サドセジャ)で、祖父はその思悼世子の息子の恩彦君(ウノングン)という人物だ。

その江華島で農業をしながら生活していた元範だが、1849年に24代王・憲宗(ホンジョン)が22歳という若さで世を去ったことで、彼に突然の転機が訪れる。

『風と雲と雨』ではチョン・ウクが哲宗を演じている(写真提供=© 2020 TV Chosun)
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教養のない王

早世してしまった憲宗には息子がいなかったため、彼の祖母である純元王后(スヌォンワンフ)は新たな後継者を探さなければならなかった。その中で彼女が目を付けたのが元範だった。

王宮から使者が来た後に祖父や兄が死罪になっていたことから、自分の番が来たと思って脅えていた元範だが、王宮にやってきた彼への対応は、まさに功績をあげて戻ってきた将軍のような扱いだった。

そして、1849年に元範は25代王・哲宗として即位したが、江華島での農業が忙しかったこともあり、王族の男子が幼いころに励むはずだった勉学を行なう時間がなかった。そのため、彼は漢字を使うことができず、ハングルで命令書を書いていた。

そんな哲宗が王になってから2年後に安東・金氏(アンドン・キムシ)の娘を妻としたことにより、安東・金氏の勢道政治が強くなった。

この勢道政治は、王の信任を得た人物や集団が政権を独占的に担うことだ。その影響を受けた農民たちは、税の負担が重くなったことや災害が起きても対策が取られなかったことに反乱を起こした。

王になる前は農民だった哲宗は、生活に苦しむ人々に姿を見て何度も救済しようと試みるも、安東・金氏の一族が重要な職を独占していたため、自らの親政を押し通すことができなかった。

最終的に、王としての力に限界を感じた哲宗は酒や遊びに溺れて体調を崩してしまい、1863年に世を去った。言いなりばかりで何もできなかった哲宗は、本当に無力な王だったと言えるだろう。

文=大地 康

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