『チャングム』イ・ヨンエはいかにして「アジアの大女優」になったか。その半生とは?

2020年06月04日 俳優名鑑 #女優
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「まさに前代未聞。大河ドラマに主演中の仲間由紀恵さんを凌ぐ人気ぶりですよ」

NHKの広報関係者がかつてそう言いながら舌を巻いて驚いたことがある。

『冬のソナタ』や『美しき日々』といったドラマをいち早く輸入し、日本における韓流ブームの火付け役となったNHK関係者を驚かせたのは、2006年にNHK総合テレビで放映された『宮廷女官チャングム』の人気ぶりだ。

韓国ドラマといえば主婦層の間で人気だったが、16世紀の朝鮮王朝時代に実在した医女ソ・チャングムが宮廷内の権力争いに翻弄されつつも、最後には女性初の王の主治医になるサクセスストーリー(全54話)に、30~40代のオヤジ世代も熱狂。

韓国でも老若男女を問わず大きな反響を呼び、40%を超える平均視聴率を記録したが、日本でも高視聴率をマークし、主役チャングムを演じたイ・ヨンエは、“ヨン様”ことペ・ヨンジュンを凌ぐ韓流スターとして日本でも一躍、有名になった。

NHK広報局に寄せられるメールの35%が30~50代の男性で、そのほとんどが主役のイ・ヨンエに関するものだったというエピソードもある。

まさに『チャングム』とイ・ヨンエは、日本のオジサンたちのハートをワシ掴みにしてしまったわけだが、そもそもイ・ヨンエは韓国でもトップ女優だった。

イ・ヨンエ

数字がその事実を物語る。

例えば観客がお金を払って観る映画はその人気度を計るバロメーターだが、イ・ヨンエは韓国主演女優別平均観客動員数ランキングで堂々の1位に君臨した時期もあるし、『チャングム』は韓国で最高視聴率57.8%を記録した国民的ドラマだ。

好感度指数を示すテレビCMの出演本数も多く、アパレル、化粧品、電化製品、クレジットカード、コーヒー飲料、超高級マンションなど、ありとあらゆる業種のイメージキャラクターを務めている。

韓国では「街でも家の中でもイ・ヨンエの顔を見ない日はない」とまでいわれた時期もあった。

おてんば少女から「酸素のような女性」へ

もっとも、イ・ヨンエは生まれながらにスターだったわけではない。

父は平凡な個人事業主で、生まれ、育ったのはソウルのアパート団地。プロレス観戦が大好きで、母が好きだった大木金太郎を真似て2人の兄と“頭突きごっこ”したおてんば少女だったという。

韓国メディアの取材でイ・ヨンエは言っている。

「ただ、引っ越したチャンシル地区が再開発の真っ最中だったこともあり、4度も小学校を転校して性格も内向的になりました。外では遊ばず、自宅でピアノや読書に明け暮れる子供でしたね」 

そんな彼女の転機となったのが、高校に進学した頃に出演したティーン雑誌『女子学生』の表紙モデルだ。

自ら応募して得たこのチャンスを生かして雑誌モデルとして活動をはじめ、 漢陽(ハニャン)大学在学中の1990年に香港スターのアンディ・ラウと共演したチョコレートのCMで本格的なデビューを飾った。

そして1991年、イ・ヨンエは某化粧品メーカーのイメージモデルに抜擢されて一躍、有名人となる。

そのときのCMキャッチコピーが 「酸素のような女性」。その清純な美しさに、韓国の男性たちはもちろん、女性たちも虜になり、そのキャッチフレーズは彼女の代名詞にもなった。

だが、その印象が強すぎて苦労した時期もあったという。イ・ヨンエは韓国メディアとの取材で言っている。

「私の名を世に知らしめてくれたありがたいキャッチフレーズですが、役者に転身してからもそのイメージがつきまとって辛かったです。女優として認められるまでは人の何倍もの忍耐と努力が必要でした」

清純派のイメージに固執せず幅広い役柄にチャレンジ

モデルではなく、役者として認められたい。だからこそ、イ・ヨンエは清純派というイメージに固執せず、さまざまなキャラクターに挑んだ。

1993年に『お宅の夫はいかがですか』でドラマデビューし、1996年に『インシャラ』でスクリーン進出。2000年に出演したドラマ『火花』では婚約者がいるにもかかわらず、別の男性と激しい恋に落ちる女性を熱演し、映画『ラスト・プレゼント』では残された余命を売れないコメディアンの夫に尽くす妻に扮した。

イ・ビョンホンと共演して日本でもヒットした映画『JSA』では知的で冷静な女性調査官を演じ、その後に主演した『春の日は過ぎ行く』では年下の男性と恋に落ちるも自らその恋を終わらせるバツイチ女性に挑戦。

一見すると、清楚なお嬢様のように見えた彼女だが、その内面には役者としての情熱と、それを支える芯の強さがあるのだ。

そして、そんな女優イ・ヨンエの魅力が最大限に発揮された作品が、日本や中国でも大ヒットした『チャングムの誓い』でもあるが、彼女は当初、『チャングム』への出演を決めかねていたらしい。

知られざる『チャングム』出演秘話

韓国メディアとのインタビューでイ・ヨンエは言っている。

「『春の日は過ぎ行く』を撮り終えてから2年のブランクがありましたし、本格的な時代劇は初めて。それも全56話(日本では54話)という大作を演じきれるか不安だったのです。

さまざまな先輩方に相談したところ、“やってみろ”と言われて出演を決めましたが、今、振り返ってみると、私はチャングムというキャラクターに恵まれて幸運だったと思います。

ドラマや映画の撮影に入ると、自分が任されたキャラクターに似てくるのですが、『チャングム』に出演したことで、私の性格もとても明るくなったような気もします。普段の私は静かでおとなしい性格なのですが、チャングムのように明快でたくましくなりました(笑)」

ただ、『チャングム』の撮影は決して楽ではなかったらしい。

クランクイン前は役作りのために宮廷料理研究院で10日間のスパルタ教育を受け、深夜にまで及ぶことが日常茶飯事だった撮影中はあまりの辛さで、「ひとり車の中で泣いた」こともあったという。自分の演技力に課題を感じることも多かった。

「ドラマは映画に比べると、何かと制約が多く、放送が始まると撮影スケジュールも過密になり、撮影当日に台本が上がってきてそのまま本番というパターンが多かったのです。だから、チャングムの状況や感情を集中的に研究することができなくて…。自分の演技力はまだまだだなぁと痛感させられました」

それでも彼女がチャングムを演じたからこそ、ドラマがヒットしたのも事実だろう。『チャングム』のシナリオを書いた脚本家のキム・ヨンヒョンも語っている。

「イ・ヨンエさんは知的な冷静さの中に、芸術的な情熱があふれた役者。無口でクールなので近寄りがたい印象を受ける人も多いようですが、実際に会話してみると、感受性に優れ、役者として直観力がズバ抜けていることが、すぐにわかります。

聡明で情熱的なチャングムのキャラクターを120%消化できたのは、彼女の内面がチャングムに似ていたからですよ」

アジアを代表する大女優に

いずれにしても、イ・ヨンエが演技に関して一切の妥協を許さないタイプであることに違いはない。

そして、同じイメージに安住しない役者でもある。

『チャングム』の次の作品として、映画『親切なクムジャさん』を選んだのがその証明だろう。善良な女性が血なまぐさい復讐に挑むショッキングなこの映画で、イ・ヨンエはチャングムとは正反対のキャラクターを演じた。

それは、彼女の役者魂の表れでもある気がする。『親切なクムジャさん』のメガホンを取ったパク・チャヌク監督も言っている。

「多くのスターは自意識が強く自分のイメージを守ろうとし、ときには“これはできません、この部分は隠してほしい”と保身になるものだが、イ・ヨンエは違う。

大衆が考える自分に対する印象を、いい意味で裏切ろうとする。自分に対する先入観やイメージに挑戦する、正真正銘の役者だ」

日本では“韓国の吉永小百合”とも称されているイ・ヨンエ。

だが、日本や韓国はもちろん、中華圏でもバツグンの知名度を誇る彼女はもっとスケールの大きい女優になる可能性を秘めているような気がしてならない。

「アジアを代表する大女優」になる日も決して夢ではないだろう。

イ・ヨンエ プロフィール

生年月日:1971年1月31日
星座:みずがめ座
身長:165cm
デビュー:1990年
出身校:漢陽大学独語独文学科、中央大学大学院演劇映画学科卒業

☆主な代表作
『アスファルトの男』(ドラマ、1995年)
『インシャラ』(映画、1996年)
『PaPa パパ』(ドラマ、1996年)
『ドクターズ』(ドラマ、1997年)
『火花』(ドラマ、2000年)
『JSA』(映画、2000年)
『春の日は過ぎゆく』(映画、2001年)
『ラスト・プレゼント』(映画、2001年)
『宮廷女官チャングムの誓い』(2003年)
『親切なクムジャさん』(映画、2005年)
『師任堂、色の日記』(ドラマ、2017年)

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