Netflixで配信中のドラマ『テプン商事』は、1997年のソウルという激動の時代を背景に、荒れ狂う経済の波に呑まれながらも、懸命に明日を生き抜こうとする人々の姿を、温度のある筆致で描き出した群像劇である。
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IMF危機という国家的絶望が街を覆っていたその年、希望と不安、誇りと喪失が入り混じる中で、静かに物語の中心に座するのがキム・ミンハ演じるオ・ミソンである。彼女は決して派手ではない。しかし、その穏やかで確かな存在が、作品全体の“心の羅針盤”となっている。
ミソンは、自分の夢を後回しにしてまで家族の生活を守るために、テプン商事の経理として働く日々を送っている。
朝の光が差し込む前にオフィスへ入り、埃を払い、社員ごとに異なるコーヒーの香りを整える。その細やかな所作1つ1つが、彼女という人物を繊細に描き出している。
キム・ミンハは、無駄のない指先の動きや、少しだけ伏せられたまなざしの中に、几帳面さと温もりを共存させ、観る者に現実に生きる誰かの体温を感じさせる。しかし、ミソンの優しさは決して弱さではない。彼女は数字を冷静に読み解き、正義を曲げない判断力を持つ。
取引先との駆け引きでは一歩も退かず、時には社葬の席で声を荒げる相手を一枚の契約書で沈黙させる。その瞬間、キム・ミンハの瞳には、静謐な炎のような意思が宿る。
激情に頼らず、穏やかな声の調子と佇まいだけで空気を変える。その抑えられた表現こそ、真の強さであり、観る者の胸に静かな余韻を刻む。
特に印象的なのは、彼女が感情を語らぬ場面に宿る深みである。資金繰りが余裕がない状況でも、若さゆえの諦めとそれでも歩みを止めない決意が滲む。
妹の就職が取り消された夜、涙を堪えながら灯りを消す姿には家族を守る者の崇高な孤独が息づいている。理性に従いながらも、彼女の心の奥底には燃えるような情があることを、キム・ミンハはまなざし1つで伝える。
“華やかではないけれど、確かな光を放つ人”。オ・ミソンという人物は、まさにその象徴である。キム・ミンハはその役を技巧的な演技ではなく、呼吸のように自然なリズムで生きた。
崩れ落ちていく時代の中で、彼女が浮かべる小さな笑みや、相手を包み込むような眼差しは、観る者に“それでも人は優しくいられる”という希望をささやく。
『テプン商事』でオ・ミソンに扮するキム・ミンハが紡ぐ穏やかな光は、混乱と絶望の中でも人間の尊厳をそっと照らし続けているのである。
文=大地 康
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