「私たちが望むのは、祖国の国旗をつけて走ることです」
1936年ベルリン五輪のマラソン競技で日本は世界新記録を樹立し、金メダルと銅メダルを獲得した。しかし、そのメダルを獲得したのは、日本名で日本代表として出場した2人の韓国人ランナーだった。
彼らは終戦で祖国が日本から解放された後、さまざまな困難を乗り越え、才能ある若きランナーを1947年のボストンマラソンに出場させる。失われた“祖国の記録”を取り戻すために…。
公開中の映画『ボストン1947』は、1947年に開催されたボストンマラソンを舞台とし、命がけのレースに挑んだマラソンランナーたちの真実に基づいたヒューマンエンターテインメント作品。
主人公ソン・ギジョン役を演じるハ・ジョンウをはじめ、イム・シワンやペ・ソンウ、キム・サンホ、パク・ウンビンなど、出演陣には韓国のトップ俳優から若手スターまでが揃っている。
そんな『ボストン1947』公開に向けて、今作を手掛けたカン・ジェギュ監督が8月に来日。『シュリ』や『ブラザーフッド』などの名作を輩出してきた巨匠が日本でインタビューに応じ、制作の裏側や出演俳優の魅力、日本の方々へのメッセージを伝えてくれた。
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―『ボストン1947』は1947年を時代背景としていますが、当時を描くにあたり難しかった点や工夫した点はありますか。
「そもそも、韓国では1945年の解放から1950年の韓国戦争(朝鮮戦争)までの間を扱った映画やドラマが、他の時代を扱った作品に比べて多くありません。理由は私も正確にはわかりませんが、そのこともあり、(『ボストン1947』制作において)相対的に参考となるような資料がそれほど多くありませんでした。
なので、1947年という時代を表現すること、特に当時のボストンを表現することが、我々にとって大きな課題でした。実際にアメリカのボストンに渡って協会も訪問し、あらゆる資料も調べましたが、1947年当時のボストンを再現することの困難が大きかったです。そのため、インタビューなどの資料を最大限集め、1947年と言う時代を再現しようとさまざまな努力をしました」
―カン・ジェギュ監督が考えるマラソンの魅力とは何でしょうか。
「マラソンはオリンピックでも花形種目と言いますが、選手がスタートラインで一歩目を踏み出し、フィニッシュラインに到着するまでの42.195kmという距離が、人生の旅程と非常に似ていると思います。レースを走り切るためにどれだけ多くの考えをめぐらせ、汗を流し、自分自身と“死闘”を繰り広げているのか。観客も一人ひとり自分の人生をある選手に投影させ、2時間を超えるレースを応援し、楽しんでいると思います。
『ボストン1947』でも、(作中の)レースを通じて観客の皆さんにさまざまな感情を抱いてほしいという願いを込めて、マラソンシーンを演出しました」
―ソ・ユンボク役を演じたイム・シワンの本物のマラソンランナーらしい筋肉や競技中の表情、ランニングフォームが、マラソンシーンへの没入感を高めたと感じました。今作を通じて感じたイム・シワンの演技の魅力は何でしょうか。
「この映画の勝敗がイム・シワン、すなわちソ・ユンボクにかかっていると思ったので、観客が作中のイム・シワンを“俳優イム・シワン”ではなく“マラソン選手ソ・ユンボク”と認識してこそ、観客が作品に没入でき、ストーリーを楽しむことができると思いました。
実話を扱うすべての映画において、その人物にどれだけ没頭できるかが最も重要で基本的なことですが、我々はこの基本をよく守れば良い。逆に、基本に忠実でなければ我々の映画は滅びる。こうした考えを、作品を準備する過程でイム・シワンとともに共有しました。そのような部分を十分によく消化してくれたと思います。
私が演技について特定の言葉で規定することはできませんが、(イム・シワンは)人為性のあるものを意図的に作り出す演技ではなく、ただ自然に溢れ出る演技というのが強みの俳優だと思います。それも単純な努力ではなく、生まれながらに備わっていたのではないかと思うほどに自然です。そんな“天賦の才”のような機知を持って生まれた俳優ではないかと思います。
―ソン・ギジョン役としてハ・ジョンウのキャスティングを真っ先に行ったとのことですが、今作で「ハ・ジョンウをソン・ギジョン役で起用して良かった」と最も強く感じたのはどの場面でしょうか。
「ユニホームに記された星条旗のせいで委員会と衝突し、記者会見をする場面がありますが、当時は私も撮影をしながらとても涙が出そうになりました。そのような感情を感じた場面がいくつかあります。
そこで、“もし他の俳優がソン・ギジョン役を務めたらどうだったか”とイメージしてみました。もちろん、上手な方も多かったと思いますが、やはり(ハ・ジョンウが)最もソン・ギジョンらしいと感じました。その時、自分は本当に良い選択をしたと思いました」
―オクリム役で特別出演したパク・ウンビンも作中で存在感を発揮しています。今作を通じて感じてもらいたい彼女の魅力とは何でしょうか。
「1947年を時代背景とする今作で、(パク・ウンビンは)京城のクッパ屋の娘を演じています。なので、当時の時代感がありつつも堂々と自分を表現できる俳優がいればと考えていましたが、パク・ウンビンはその役割を十分に果たしてくれました。その意味でも、ともに作業することができてとても楽しかったです」
―『ボストン1947』を通じて、日本の観客の方々に感じてもらいたいことは何でしょうか。
「最近は若い世代の歴史に対する関心が多少低くなっていると感じます。では、作中の1947年を生きた当時の若者たちには一体どんな希望があったのか。もちろん、日本の植民地から解放されて国を取り戻したことで、浮かれた心や未来に対する漠然とした希望はあったかもしれません。ただ当時は経済的、政治的、そして社会的に困難で安定しておらず、混乱した時期でもありました。
また、イデオロギーの対立が大きかった時期でもあったので、仮に自分がその時代に生まれていたら、その時代の若者だったら、自分がどんな夢を見て生きていけるのか。そのことについても困惑したと思います。
ただ、例えどれだけ苦しく、大変だったとしても、自分が愛することや好きな夢を逃さず、最後まで成し遂げようとした彼らの努力、いわゆる執念のようなものに注目してもらいたいです。それが今を生きる私たちに何を示唆するのか、そのようなことを、『ボストン1947』を通じて観客の方々に感じてほしい思います」
『ボストン1947』は新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中。
(取材・文=姜 亨起/ピッチコミュニケーションズ)
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