Netflixで配信中のドラマ『暴君のシェフ』は、歴史劇の重厚な雰囲気に幻想的なファンタジーを溶け込ませ、料理と愛憎が複雑に交錯する異色の物語である。
【写真】『暴君のシェフ』ユナの撮影現場オフショットに大反響物語の中心にいるのはヨン・ジヨン(演者イム・ユナ)。彼女は現代の厨房から時空を越え、朝鮮王朝の宮廷へと迷い込み、冷徹な王イ・ホン(演者イ・チェミン)と運命的に出会う。イ・ホンは架空の存在ではあるが、その姿は暴君として悪名高い第10代国王・燕山君を彷彿とさせる。
一方で、カン・ハンナが演じるカン・モクジュは、類まれな美しさと鋭い知恵を武器に宮廷を生き抜き、“淑媛(スグォン)”という高位の側室へと昇りつめる。
外面では礼儀正しく気品をまとっているが、胸の奥には王の愛を独占したいという激しい欲望を抱く。嫉妬に揺れる視線や冷ややかな言葉の端々から、他を寄せつけぬ冷酷さが漂う。
時に艶やかな舞で王を魅了し、また狡猾な策略で競争相手を排除する姿は、観る者に強い印象を刻む。華麗さと脆さを併せ持つモクジュは、権力と欲望が渦巻く宮廷の縮図のような存在である。
そして、このキャラクターの背後には、“朝鮮王朝三大悪女”の1人として名を残す張緑水(チャン・ノクス)の影が濃く映し出されている。
張緑水は奴婢の妻という卑しい境遇から身を起こし、やがて妓生となってその美貌と歌舞の才で都に名を轟かせた。30代半ばを過ぎても少女のような若さを保ち、“老いを知らぬ花”と称されるほどであった。
やがてその評判が宮廷に届き、燕山君の寵愛を受けることになる。厳格な身分制度の中で彼女が“淑媛”にまで昇格したのは、極めて異例であった。燕山君は幼少期に母・廃妃ユン氏を毒殺によって失った悲劇に影響され、猜疑心と残虐さを募らせていた。
張緑水はその心の隙間に入り込み、夜ごと豪華な宴で歌や舞を披露して王を慰める一方で、彼の権力を支える存在となった。
当時、宮廷内では「張緑水に逆らう者は生き残れぬ」と恐れられたという逸話もある。
燕山君の命を受けて士林派の学者を大量に粛清した“戊午士禍(ムオサファ)”や“甲子士禍(カプチャサファ)”の陰にも、彼女の暗い影があったと伝えられる。華やかな遊宴の裏側で、知識人が次々と処刑され、国政は急速に荒廃していったのである。
さらに張緑水は、財政を支配する権限も握った。燕山君の享楽を支えるため、莫大な税を庶民から搾り取り、権力の絶頂に立ちながらも彼女の存在は次第に人々の憎悪を買い、王と同様に孤立していった。
1506年、中宗反正によって燕山君が廃位されると、張緑水の栄華もまた一瞬にして崩れ落ちた。
彼女は処刑され、その亡骸には人々が石を投げつけ、瞬く間に石塚が築かれたという。これは彼女がいかに憎まれ、恐れられていたかを物語る象徴的な出来事である。
張緑水の生涯は、卑しい出自から宮廷の頂点、そして奈落の底への転落という、波乱に満ちた劇的な人生であった。
【張緑水の人物データ】
生年不詳~1506年
主な登場作品()内は演じている女優
『王妃チャン・ノクス~宮廷の陰謀~』(パク・ジヨン)
『王と妃』(ユニ)
『王と私』(オ・スミン)
『インス大妃』(チョン・ソミン)
『逆賊-民の英雄ホン・ギルドン-』(イ・ハニ)
『七日の王妃』(ソン・ウンソ)
文=大地 康
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