女優パク・ミニョン主演の『七日の王妃』は史実を知るとさらに面白い!

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『梨泰院クラス』で大人気のパク・ソジュンが前作で主演したラブコメが『キム秘書はいったい、なぜ?』だった。共演はパク・ミニョンで、2人の息がピッタリ合って本当に面白い作品だった。

そんなパク・ミニョンだが、彼女は時代劇にもよく出ていて、とてもいい演技をしている。最初は、『トキメキ☆成均館スキャンダル』で男装のヒロインを演じた。ユニークな役柄でパク・ミニョンの初々しさが光っていた。

さらに印象的だったのが『七日の王妃』だ。パク・ミニョンは端敬(タンギョン)王后を堂々と演じきった。

このドラマは史実がベースにあるので、歴史的な事実を知っているほうが、ドラマをより深く見ることができた。そこで、歴史的な背景を説明しよう。

パク・ミニョンが演じた端敬王后の夫だった中宗(チュンジョン)を演じるのがヨン・ウジン。そして、中宗の異母兄だった10代王・燕山君(ヨンサングン)に扮するのがイ・ドンゴンである。

歴史的に言うと、燕山君は一番悪名が高い王である。

(写真=KBS『七日の王妃』韓国ポスター)

中宗が端敬王后を離縁した理由は何か

暴政のかぎりをつくし、結局は1506年にクーデターで廃位になっている。代わって王の座についたのが、異母弟の中宗であった。

彼は、クーデターを成功させた高官たちに頭があがらなかった。そんな高官たちは、中宗に無理難題をつきつけてきた。「妻と離縁してほしい」というわけだ。

中宗は妻の端敬王后を心から愛していた。離縁などできるはずがない。しかし、高官たちは執拗に離縁を迫ってきた。

その理由は何なのか。

実は、端敬王后は燕山君の妻の姪であり、父親も燕山君の側近であった。つまり、端敬王后の身内には燕山君と深い関係の人が多すぎたのだ。

高官たちは燕山君の一派の巻き返しを恐れていて、それゆえに、端敬王后が王妃の座にいることを容認できなかった。

中宗は愛妻の端敬王后と別れなければならなくなった。

彼は王とはいえ、高官たちに逆らえなかったのだ。

端敬王后が王妃でいられたのは、わずか7日間であった。それが、ドラマのタイトルになっている。

端敬王后が王宮を去ったあと、中宗は悲しみにくれて、王宮の高い場所にひんぱんに上がっていった。端敬王后が住むあたりをながめるためだった。

そのことが都で話題になった。端敬王后の耳にも入り、彼女は家の裏の岩山に自分の赤いチマ(スカート)を干した。

「私は元気に暮らしています」

そういう意思表示だった。

この話は「赤いチマ岩の伝説」と呼ばれて有名になった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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