王が側室をたくさん抱えても王妃はひたすら我慢を強いられた!

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朝鮮王朝の王家にとって、特に重要な儀式が、王の後継者になる世子の嫁(世子嬪〔セジャビン〕)を選ぶことだった。それを揀擇(カンテク)と言うが、まずは両班(ヤンバン/貴族階級)の家庭に婚姻禁止令が出る。結婚適齢期の女性が揀擇の対象になるためだった。

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そのうえで、各両班の家庭から結婚適齢期の娘の身上書が出される。書類審査を通った娘は面接審査に臨み、三度の審査を通った一人だけが世子嬪に選ばれた。

このようにして世子嬪になって宮中で何も問題を起こさなければ、世子が王になった時点で世子嬪は王妃になる。

パク・ハソンが演じた『トンイ』の仁顕王后も嫉妬を理由に離縁されたことがある

王妃の座を追われる理由

しかし、この“何も問題を起こさなければ”というのが意外と難しい。というのは、夫である王に寄り添いながら、男尊女卑の象徴である「七去之悪(チルコジアク)」をうまく避けなければならなかったからだ。

この「七去之悪」とは何か。これは、夫が妻を離縁して追い出すことができる7項目のことで、朝鮮王朝時代には法律にもなっていた。その7項目は以下の通りだ。

◆舅や姑に従わなかった

◆子供を産まなかった

◆淫行をした

◆嫉妬深かった

◆病気になった

◆言葉で失敗をした

◆盗みを働いた

この中で一つだけでも該当すると夫は妻を追い出すことができた。それは王妃にも適用されることだった。

嫉妬深いだけで離縁されてしまうのだから、王妃もたまったものではない。しかし、宮中でも過去に“嫉妬”を理由に王妃の座を追われた女性がいた。こんなことで追い出されるのなら、ささいなことでも何でも理由にされてしまう。

それだけに、王がいかに側室をたくさん抱えていても、王妃は決して嫉妬を見せてはいけなかった。夫である王に女性遍歴がたくさんあっても、王妃はひたすら我慢しなければならなかったのだ。

それは、女性としては、とても辛いことだった。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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